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温玉ブログ

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マンガを戦争の道具にするのは表現の自由なのか?

フランスの風刺漫画雑誌がイスラム教を侮辱したことが理由になってイスラム教徒の襲撃を受けてマンガ家を含む多数が殺害されるという事件が起きている。

関連する会社でも襲撃されて犯人も含めて何人もが亡くなっている。

「たかがマンガで何でこんなことになったんや?」と調べてみたら、この出版社の風刺漫画というのはかなり過激な表現でイスラム教徒やイスラム教の預言者ムハンマドを笑いものにするようなマンガを発表していた。

そしてこれについては度々イスラム教団体から訴訟を起こされていたしデモも起こされていたし火炎瓶かて投げ込まれていた。フランス政府からの警告もあったようだが「表現の自由」を盾につっぱねていたそうだ。

これらの風刺漫画の妥当性というのは、フランス語もわからないし、詳しくも読んでいない僕にははっきりとは理解できない。

ネットの画像でチラ見する限りは、そうとうに侮辱している気はする。イスラム教徒の国が中東で無益な戦争をしていることをバカにしているというより、イスラム教ムハンマドを信じていること、それ自体をバカにしているように見えるマンガも多数あった。

絵柄のほうもすごくバカにした感じで、僕がムスリムだったら冷静でいられないのではないかと想像できるようなものだ。

フランス国内にはイスラム教徒が7%とか。あるいはそれ以上存在すると言われている。

どれだけ多く見積もっても国内のムスリムは1%もいないであろう日本なんかでは、ちょっと想像できないくらいイスラム教徒が身近な存在なわけだ。

だからこそ何かしらの憎悪があったのかもしれない。ちょうど日本で言えば在日朝鮮人や日本で働く中国人によろしくない感情を抱くようなものか。

仮に日本の出版社が在日朝鮮人とか中国人の文化や風習を過激にバカにするようなマンガばかり掲載していたとしよう。

当然、各方面からお叱りを受けるが、それでも構わずに掲載し続ける。

表現の自由は守られなければならない」と主張して。

どれだけ異様な状況であるのはお分かりかと思う。

その結果、マンガを描いていた作家や出版していた会社が、在日朝鮮人や中国人の過激派に襲撃されたとて「さもありなん」としか思えないのじゃないか。

それをもって「表現の自由が破壊された!」と考える人はいるんだろうか。

他者を侮辱するというのは攻撃しているということである。

攻撃するからには攻撃されても文句を言えないということだ。

確かに法律に照らし合わせてみると侮辱罪より殺人罪のほうが重い。

たいていの国はそうなっている。日本だってそうだしフランスでもそうだ。

街の喧嘩だって、悪口を言ったAさんと、それに暴力でもって応酬したBさんがいたら喧嘩両成敗では終わるまい。Bさんのほうがより重い罪に問われることになる。

だからといって、Aさんに正義があったことにはならない。法律と罪は別のことだ。

今回の出版社襲撃の一連のテロに対抗して、パリでは160万人を動員するデモが行われて各国の首脳も参加したりしている。

この結果どうなるかというと、より一層イスラム教徒に対する偏見や風当たりは強くなるに違いない。

「そりゃこれだけのテロをやったんだから当然では?」

そんな反応を示す人も多かろうと予想される。

「そりゃこれだけのマンガを描いて挑発したんだからテロをされても当然では?」という考え方はそこにはない。

表現の自由でもって保護されている各種の表現(マンガや小説や映画や絵画や音楽など様々なものを含む)は本来は平和的なものである。

なぜならひとたび戦争がおきればあらゆる創作活動は困難なものになるからだ。

だから多くのまともな頭をした表現者反戦の立場をとるし、作品も反戦的なメッセージのものが多い。

マンガを使ってイスラム教徒を挑発。まんまと挑発にのってきたイスラム教徒。そしてそれに対する反感でもって反イスラム勢力の結束の強化。今回の一連の出来事を日本から眺めていると、こういう図式しか見えてこないのだ。

これじゃあ、まるで、マンガが戦争の片棒を担いでいるようなものじゃないか。

まるで表現の自由の悪用だ。マンガが戦争の火種になってどうする。

ここまで書いておいてなんだけど、僕は基本的には表現というのはどんなものでも許されると考えている。

しかし自分や他人を死に追いやるような表現も認めるべきなんだろうかというと、それはするべきではないとしか言えない自分もいる。

「表現は何をしても許されるというのはウソなのか!」とつっこまれると考えこんでしまう。

でも殺人事件や戦争を助長するマンガってのはやっぱり良くない。

小説やマンガや映画が戦争を防げたことなんて一度もないように思う。

しかしある種のプロパガンダが戦争を助長することが可能であるというのは、歴史を見ていても明らかだ。

そして小説やマンガや映画なんていうメディアはプロパガンダとの親和性が高い。

だからこそ表現者は充分に配慮すべきなんじゃないかと思う。

事件後に例えばこのような風刺漫画が投稿されている。

マンガ家たちを射殺したテロリストに無数のペンのミサイルが飛んでくるというマンガだ。

「銃による暴力にはペンによる暴力で報復するぞ!」という意味なんだろうが、ペンによる暴力の危険性はここでは問われていないように見える。

銃だってナイフだって、悪用しようと思えばいくらでも悪用できる。

マンガだって映画だってそうなんだけどなあと思うのだけども。

 

ちなみに有名な「ペンは剣よりも強し」とはイギリスの「リシュリュー」という戯曲の中のセリフ。

フランスの宰相であるリシュリューが「反乱する奴に出す逮捕状や処刑執行命令にサインするのは私のペンなんだよ?どうかね?それでも剣のほうが強いかね?ん?」というニュアンスで使った言葉だ。

知った風な口をきいたけど、僕はこの戯曲を読んでいない。それどこか『三銃士』すら読んでいないのだ。

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三銃士 上 (角川文庫)

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