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温玉ブログ

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キラキラネームやドキュンネームの悲劇性

社会 考え方


人はなぜアニメキャラクターに憧れるのか? - どこかを示す羊

 

この記事を読んでいて思ったこと。今の日本人は子供にアニメみたいな名前をつけたりする話。

 

いわゆるキラキラネームとかドキュンネームとか言われてるものについての話題は尽きない。なぜなら実際に、ある世代から、本当にそんな名前が増えてきて、若者とか子供とかと触れ合う機会の多い人は「こ、これどう読むんだ!?」みたいな経験をたくさんしているからだ。そして「読めない名前、めんどくせえなあ~」とか思ってしまう。

 

そういう機会がまだあまりない人でも、テレビとかニュースなんかに若者や子供が出てきたときに、読みづらい名前をだったりして「おや?」ってなったりする。

 

あと、これはきわめて不謹慎な遊びなのだが、事故とか虐待とかのニュースを見て、亡くなった子供の名前が、いわゆるキラキラネームとかドキュンネームだったりしたら「ああ、やっぱり」とか言ってリストアップするといった暗いことをしている人もいる。

 

「ああ、やっぱり」って何が「ああ、やっぱり」なのかというと、この手の名前をつけがちな親は、低所得者層だったり、高等教育を受けて無さそうな家庭だったりするので、虐待をしがちだろうし、親が手一杯で目を離した隙に事故に遭いやすいだろうと考えているのだ。

 

童夢とか夢露みたいな名前の子が虐待死していたりしてると本当に夢がない。物悲しさが最高潮に達してしまう。太郎とか靖子みたいな子が亡くなるより(ニュースとしては)百倍くらい物悲しい。

 

学校の児童の名簿を見ても、変な名前の子は、低所得者層の子か、高等教育を受けてない両親の子かなとか思ってしまう。

 

ものすごい偏見なのかなとも思うけど、格式を重んずるほどの家の子に変な名前がついてるとはちょっと考えにくい。

 

ちょっと調べてみたら、偏差値の高い大学にはあまり変な名前はいないなどという意見もあったりする。

 

アメリカでもドキュンネーム系の話題はやはりあるそうで、低所得者層は変な名前をつけがちという調査結果があるそうだ。

 

調査結果とか言っても、はっきりした数値や調査法などは知らないので、真実はどうなのかわからない。

 

けれど、僕が「こんな名前をつけるのは…」とか思っちゃったり、「虐待や親の不注意の事故で死ぬ子供の家は…」って考える趣味の人がいたりするように、ドキュンネームとかキラキラネームにある種の色眼鏡で見る人は一定数は絶対にいる。

 

メルボルン大学のサイモン・ラハールという教授は「シンプルな名前の人ほど出世しやすい」「発音しにくく読みにくい名前はそれだけでハンディキャップになる」というレポートを提出したそうだ。

 

普通に考えれば、そらそうだろという気はする。僕みたいな奴に色眼鏡で見られるだけ損だもの。だったら無難で呼びやすい名前の方が良い。これは普通の思考。

 

じゃあなんで、あまりお金の無い親が、子供に変な名前をつけるのか。

 

つけるのか、っていったら、まるで確定事項みたいだけど、もしそれが概ね正解だとしたら、という仮定に基いて考えてみた。

 

たとえば僕が親になったとする。まさに低所得者層の家庭だ。そしてそんな僕が、子の名前を考える。授かった子供には幸せになって欲しい。しかし残念ながら家柄はたいしたことがない。頼りになる親戚もいない。すごいビジネスを持ってるわけでもない。とうぜんのことながら資産だってない。だから将来の展望だってまるで自信がもてない。

 

じゃあそんな持たざる親が、未来永劫に子供に与えてやれるものって何だ?

 

何だ!?

 

……名前??

 

せめて名前くらいは一生懸命、頭をひねってつけてあげよう。世界にたったひとつの名前を……。眩しいくらいキラキラでピッカピカのビューティブルネームを……。

 

その親の精一杯の愛情でつけた名前。でもそれが、もしかしたら将来の子供の足を引っ張る事になるのかもしれない。

 

ただでさえ貧乏人の子は貧乏から抜け出すのがめちゃめちゃに困難と言われる時代だ。なのに親の愛がさらならハンディキャップを与えるなんて。

 

なんという悲劇。そう考えると涙が止まらなくなる。悲しい。辛い。

 

 

ここまで、ぜんぶ憶測。

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