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温玉ブログ

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大阪府民に大阪都構想支持者は少ないという現実

橋下大阪市長大阪都構想の是非を問う第一段階である大阪市解体についての住民投票が5月17日に行われた。結果はみさんご存知の通り、僅差で反対票が上回り大阪市解体は阻止された。

 

大阪府民ではあるけど、大阪市民では無い僕にとっては投票権の無い選挙であったので、完全に蚊帳の外におかれたわけだけど、毎日のように通っている大阪市のことであるし、大阪都構想自体が大阪府全体に多大な影響を及ぼすものだ。なのに大阪市民にしか選挙権が無いという理不尽さがまずそもそも気に入らなかった。そして今回の住民投票のルールは特にとんでもなかった。

 

投票率に関係なく賛成(あるいは反対)が一票でも多ければ選挙が成立する。」

 

これは酷くないか?

 

大阪の未来を問う選挙なのに、大阪市民しか参加が出来ない上に、投票率如何にかかわらず成立してしまうなんてあまりにも住民無視の「とにかく勝てばよかろうなのだ」式ではないか。

 

大阪都構想てなんやようわからん…」という人は、ようわからんがゆえに投票に行かない。「よくわからないものはとりあえずNO」なんて積極姿勢をもっている人なんてかなり少ないのだ。「興味ないわ」という人だって同じだ。興味ないものになんでわざわざNOを言うために選挙に行くのか。

 

それに対して「橋下さん信じている!橋下さんのいう都構想はきっと素晴らしい!」という考え方の人は、かなり高い確率で賛成に投じるために選挙に足を運ぶ。もし、こういう人が市民の過半数いたのなら仕方がない。本当は「府民の過半数」といいたいところだけど、仮に大阪市民の過半数が橋下市長についていきたいと意思表示したなら、不本意ではあるが、住民投票の結果として受け入れるしかないだろう。しかし実際は「投票のうちの1票でも多い方で決める」というルールなのだ。完全に大阪都構想に有利な状況での住民投票だった。

 

で、選挙の投票結果がどうなったか。投票率は約66パーセントという高い関心の選挙になった。そして結果としてはギリギリのところで反対が賛成を上回った。

 

これをもって市民の半分近くは橋下市長を応援していたんだなあ、などとぼんやりした感想をもつのはやめて欲しい。それだったら、先に述べた「都構想支持者の積極性」という原則を考えれば、住民投票は橋下派の圧勝に終わっていたはずだ。でも66パーセントの投票率で、なおかつ接戦だったというのが実際だ。

 

つまり大雑把にいって大阪市有権者の33パーセントが橋下支持で、67パーセントくらいは「橋下市長の構想をそないに評価しているわけでもない」層であると言える。そして67パーセントのうちの半分近くは「橋下市長の構想に積極的にNO」と言いたかった層である。

 

結論として、大阪都構想を支持したのは、大阪市民の半分どころか3分の1以下ということだ。

 

大阪府民だったらわかることだけど、橋下氏が大阪府知事に就任した2008年からこっち、別に大阪府民の暮らしも、大阪市民の暮らしも、目立って良くなったところとかは無い。それは「府知事だと満足な仕事が出来ない!」とか言いだした橋下氏が大阪市長に収まってからも同じだった。そのかわり橋下氏は、様々な施設や市民サービスの廃止には積極的だった。「これで府や市の赤字を解消出来る」とドヤ顔でアピールしていたが、住民にとっては、ただただサービスが悪くなっただけだ。それだけ市の収益を劇的に改善したと胸を張るのなら、その浮いた予算で、住民に対するサービスは向上出来たのではないのか。橋下市長になって劇的な変化があったことで思い出せるのは、地下鉄の廃墟みたいだったトイレが綺麗になったことくらいか。しかし同じ時期に、JRだって私鉄だって、トイレの改装はしていた。

 

そして挙句に言い始めたのは「大阪府大阪市の二重行政じゃ満足な仕事が出来ない!」だ。これが都構想の正体だ。

 

大阪府知事では住民を満足させる政治が出来ない。大阪市長でも住民を満足させる政治が出来ない。だから大阪市を4つの区分けにして、大阪都知事というものに収まらなくてはダメだ。そうじゃないと仕事が出来ない。

 

なんなんだろうかこれは。だいたい今の大阪府の知事は、橋下市長と古くから付き合いがあり大阪維新の会の幹事長という大親派ではないか。これ以上ないくらいのタッグチームだ。それでも大阪を良く出来ないというなら橋下は無能だし、無能でないならば、何らかの悪意があってやっていると解釈するしかない。

 

長い橋下政権下の暮らしの中で、そういうことを肌で感じてきた府民は少なくないはずだ。が、まだ橋下市長のイメージ戦略に夢を見ている人もいる。特に大阪とかかわりが薄い人に多いとみえて、選挙後は特に府民以外の声が強かったように思う。イメージ先行型の橋下政治ならではの現象ではないだろうか。

 

言っちゃなんだけど、橋下政治の中身の無さというのは、実際に関わっている人間にしかなかなか見えてこないと思う。しかし府外の声の煩わしたときたら。20代が70代の票に負けただの、大阪市の南北の地域差の意見の対立が、とかいう架空の話まででっちあげられて、府民としちゃあ不愉快な思いしかなかった。

 

そりゃ「改革者橋下vs老害抵抗勢力」という図式はマンガとしては面白いだろう。しかし大阪の住人にとったら、そんな面白い話でもなんでもない。映画やマンガみたいなストーリーは、大阪府内の現実には存在しなかったのだ。世代間闘争なんてものも別になかった。いつもの政治家の権力闘争があっただけである。

 

20代の票が、70代の票だけで覆されたとかいう印象操作はひどいものだ。ちゃんと計算した人がいたけど、20代の方の有権者は70代よりも多かったのだ。20代がいくら選挙に行っても無駄といかいう話も完全にデタラメで、もし20代の投票率がもっと高くて、賛成反対の比率がそのままだと仮定したら、選挙の結果は覆っていたそうだ。

 

しかしその仮定はあまり意味をなさない。なぜならば都構想の賛成者のほとんどは投票に行っただろうし、残りの有権者は「あまり興味が無い」あるいは「都構想というのはよくわからない」「住民投票を知らなかった」という消極的な層に違いないからだ。これが橋下政治のプロパガンダの現実的な限界だったわけで「浮動票も橋下支持者だったら」などといい出して良いならば、それこそ何でもありの世界になってしまう。

 

もうひとつ酷い印象操作は、大阪市の区による対立地図。あれも後でちゃんと実数を出したNHKなどの表を見ると、ほとんどどの区も拮抗していた。僅差で上回った意見だけを取り沙汰して「この区は賛成、反対」とレッテル貼りをしていたにすぎない。恐ろしいことだ。

 

そもそも世代間の意見対立や、地区による意見対立という解釈も、共にひどいレッテル貼りに違いない。例えば二十代のすべてが都構想に賛成で、七十代のすべてが都構想に反対なら、なるほどそういうこともあるのかもしれないが、二十代にだって都構想に反対していた人もいるのだ。逆に七十代にだって橋下支持者はいたのだ。そういう人の意見を無視してすべて世代で区切って、それぞれの多数派の意見でもってひとまとめにするというのは誰の断りをもってやっていることなのか。あまりにも乱暴極まりないやり方ではないか。

 

そういう口ばっかりの無茶なプロパガンダに「なるほどそうだったのか」と膝を叩いて安易に乗ってしまっている人が支持してるのが「大阪都構想」とか「橋下改革」とかいうものであると考えると、やっぱりどうしたって胡散臭い感じしかしないのだけど。

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