読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

温玉ブログ

ブログで儲けるヒントは絶対に教えません。


スポンサードリンク

文章の世界的プロが教える文章が上手くなるたったひとつのつまんない方法

文章が上手いとはどういうことだ?

上手い文章と、下手な文章の違いは?

 

基本的な文法の誤りなら誰でも指摘できる。そして誤字脱字も。だけど「上手い文章とは何か?」という問についての答えを、満点で出せる人はなかなかいないのではないか。上手い文章の定義について、いろいろと探してみたけれど、誰も明確な答えは教えてくれなかった。

 

僕自身にしたって、べつだん上手い文章というのが書けるわけではない。曲がりなりにも、文章で金を得たり、こんなブログを書いていたりするわけだけど、そうだからといって、胸をはって「自分は文章が上手い!センスがある!」なんて言えるほどの、自信も度胸も根拠も持ち合わせていない。

 

そうした僕が、文章が上達する方法を書くというのも変な話だけども、マラソンの中級者くらいが、ズブの素人に対してアドヴァイスしてるようなものと捉えれくれれば結構だ。だから、練習法なんかとっくに確立していて、何度もウルトラマラソンを完走したよ、とかいうようなレベルに人だったら、どうぞ読み飛ばしてほしい。

 

文章を上達させる方法は実は単純なことだ。まさかとは思っていたが、僕も最近までは確信がもてなかった。でも、事実なのだ。上手い文章を書きたいならこれしかない。

 

まずはひたすら大量の本を読むこと。そして書くこと。

 

たったこれだけだ。文章というのは、ちょっとしたコツとか、工夫でなんとかなるもんではないのだ。そんなものはせいぜいスパイスみたいなものだ。スパイスをぶっかけまくって誤魔化そうとしたって、すっからかんの鼻につくだけの味にしかならない。

 

「文章が上手くなりたければ大量の本を読みなさい。そしてから書きなさい。」

 

小学校でも中学校でも、そして大人になってからも、この恐るべきシンプルな事実を、誰も僕に教えてくれなかった。なんで教えてくれなかったのか。

 

そういえば、著名な作家は例外なく読書家だった。なんでもっと早く気が付かなかったのか。僕がそういう諸々を理解してきた頃には、すでに40歳が見えていた。間抜けにも程がある。似たような人が出てきたら困るので、あえて書いておこうと思う。

 

作家のような文章上手からの文章指南に、もっとも欠けている事柄があるとすれば、「上手い文章を書きたい人間が、実は読書家ではない可能性の考慮」ということだ。作家なんかやっている人間にしてみれば、そんな理不尽は考えられないことなのだろうけれど、思っている以上に世の中にはむちゃくちゃな人がいるのである。

 

なぜ今回、基本的な文章上達法について、改めて書いておこと考えたかというと、その道の大家の書いた「文章指南書」のいくつかおいて、文章上達法における読書の重要性が、明確に指摘されていたからだ。おかげで長年のもやもやが払拭された。やっぱりそうだったのだ。

 

その一冊は、丸谷才一の『文章読本』である。日本の著名な作家による『文章読本』というのは数冊が出ていて、三島由紀夫版や谷崎潤一郎版もあるのだけど、文章の上達という意味では、役に立つのは丸谷才一のものだけだ。

 

丸谷才一は「名文を書くためには名文をいっぱい読め」という実践的な事を勧めている。逆にいえば、「名文をいっぱい読め」という文章上達法を心得ているならば、丸谷才一の『文章読本』は読む必要が無いともいえる。だけど、「名文をいっぱい読む」のを心得ているならば、名文家として知られる丸谷才一を読まないのはおかしいのでは無いのかとも思う。だから、けっきょくは読むしかない本だろう。

 

いうまでもなく、谷崎潤一郎版や、三島由紀夫版も、余力があれば読むべきである。名文かつ、面白いのは間違いないのだから。そして文章上達のためには「名文をいっぱい読む」のが必要だから、やはりどうしたって無駄にはならない。なにしろ、谷崎潤一郎三島由紀夫なのである。

 

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

 

 

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

 

 

文章読本 (中公文庫)

文章読本 (中公文庫)

 

 

もう一冊。

 

同じく「どっさりと本を読め」とストレートに教えてくれる、世界的に高名な現役作家による文章指南書があった。こちらはより明確に僕らに指示してくれる。丸谷才一の主張が「名文を書くには名文を読め」だったのに対して、「良い小説も、悪い小説も、最高の講師たりえる」と教えてくれるのは、かのスティーブン・キングである。

 

「出来の悪い小説は、特別に招かれた人気作家が受け持つ一学期分の講義に匹敵する」とまで書いている。それをいくつかの実例をまじえつつ説明してくれている。いわゆる悪文の例というやつ。

 

スティーブン・キングが、どのような文章をこき下ろしているか。それは実際に読んでもらいたい。そしてキングが批判してるような文章を書かないように注意していけば、少なくとも「上手い文章への階段」の何段めかまでは確実に登ったといえる。

 

この本では、キングが自身の生い立ちから小説家としてデビューするまでの話にはじまって、文章や小説に対しての心構え、交通事故で死にかけた時の体験までを書き綴っている。スティーブン・キングという作家が、まるまる一冊の本になったようなもんだ。彼の小説自体は何冊も読んでいたが、意外なことに彼の個人的なことについて知ったのはこれがはじめてだった。交通事故で死にかけていたことも、アルコール依存症や、ドラッグ中毒だったことも知らなかった。

 

この本のタイトルは『書くことについて』。かつては『小説作法』という名前で出ていたものの追補版である。実際の執筆作業の一部まで、実例をあげて公開しているのだから気前がいい。別に小説家を目指していなくても読んで損のない内容だ。

 

当然のことながら、キングの小説を何冊か読んでいるとずっと楽しめる。「たくさん読むこと」が良い文章を書く近道なのだから、キングの小説だって何冊かは読んでおくべきだろう。個人的には『クージョ』と『ペット・セマタリー』が大好きだ。『死のロングウォーク』や『キャリー』も良い。

書くことについて (小学館文庫)

書くことについて (小学館文庫)

 

 

クージョ (新潮文庫)

クージョ (新潮文庫)

 

キングは年間に70~80冊の小説を(純粋に楽しみにために)読むそうだ。いわゆる読書家という人間のレベルからいって、極端に多い数字ではないけれど、キングくらいの文章を書けるようになるためには、少なくとも同じくらいは読んでいないと話にならないということがわかってくる。今すぐ上手い文章を書くことは不可能にしても、読むことはいつだって誰にだって出来るのだからやるべきだ。本を読むのはたのしいことだ。

 

キングはこう述べている。

 

「三流が二流になることは出来ない。一流が超一流になることも出来ない。しかし二流が一流になることは可能だ。」

 

文章の才能についてのべた言葉だけど、何についてにも言えることだと思う。自分の好きな言葉のひとつとして加えておきたい。

スポンサードリンク