うちの近所である京阪電車萱島駅のガード下に、駅の建物とほとんど併設されるような形で昔から営業している回転寿司がある。
しゃりいちという名前の店だ。一皿税抜き120円均一(昔は100円だった)という価格は平凡だけど、特徴としては7席くらいしかないカウンターだけのお寿司屋のくせに回っている!というところにある。回っている意義の薄さもすごいが、近年の回転寿司にありがちな展開として、ほとんどオーダーで処理しているので、名実ともにベルトコンベアーの価値が低い。とはいえ、オーダーされたお寿司は、オヤジが上手から必ず流してくれるという回転寿司のプライドのようなものはある。
こんなふうに、端から端まででこんな程度だけど、いちおう回っている。回転寿司の不思議さを知れるお店だ。
しゃりいちはチェーン店みたいな雰囲気があるが、いくら検索しても萱島駅の店舗しか出てこない。昔はあったけど、今はここだけというパターンなのだろうか。とりあえずいつ見ても混んでいるところは見たことはないので、儲かってか心配になってくる。朝から23時までというものすごい長時間の営業だったりするし。利用する方は、便利なんだけど。
しゃりいちはチープなわりにお寿司としてはそれなりに美味しい。無添くら寿司なんかよりはよっぽど美味いと思っている。だから僕も家が近いこともあって、たまーに利用する。
1レーンしかない回転寿司ってのも、回転寿司がブームだった時代にはいくつかあった気がするが、今や全国でも数えるほどしか残ってないのではないかと思う。もしかしたら、日本最後のカウンター1列の回転寿司がしゃりいちだけという可能性だってある。そういう希少性に敬意を表して足を運んでいる部分もあったりする。
そんなしゃりいちを久しぶりに訪問したら異変がおきていた。もしかしたら、お寿司の革命に立ち会ったのかもしれない。そうだったとしたら重要なことなので、いちおう形として記しておこうと思った。もし革命が起きたとしたら、それは萱島から始まったに違いないのだ。
その日は手始めにイカを握ってもらうところから始まった。といっても、僕は回転寿司などではたいがいイカから始めがちだ。なぜならイカが好きだからだ。次もイカで良いが、なんとなく連打は気が引けるので別なものにするが本当はイカで良い。それくらいは好きだ。
やっぱりここのお寿司そこそこ美味い。酢飯がわりあい上手。べちゃべちゃとかになってない。これは重要だ。
サーモン、サバ、鯛など、好きなものを快調に注文していく。どれもそこそこ満足のある味だ。あんまり人気のないお寿司屋さんだけど、何食ってもそこそこ美味いのが偉い。オヤジのセンスが光っている。そこそこ安心していける回転寿司がこんな近くにあるという幸せ。でもいつまでもあるとついつい油断してしまう。けど、いいかげんオヤジも高齢だし、待ったなしかもしれない。
そんなふうに思いを馳せつつお寿司を楽しんでいたら、あんまり注意してなかったレーンの方に、奇妙な看板が回っているのに気がついてしまった。
げきからすし!?
激辛寿司!?
聞いたことの無い単語だ。わさび巻きに対しての唐辛子巻きとか?
オヤジに尋ねると「どんなお寿司でも激辛にする。辛いよ~」とのこと。
わけがわからないので、なんとなく激辛が合いそうなタコで注文してみた。
タコの上に赤いものがのっしりと。聞けば唐辛子らしい。唐辛子のペースト。食べてみるとたしかに辛い!僕はたいがいの辛いものが平気だけど、そんな僕でも「ちょっと水が欲しくなるな」と思うには十分な辛さがある。さすが唐辛子だ。
で、味としてはどうなんだといえば、予想通りタコに辛味はすごくマッチしている。淡白なはずのタコのお寿司がものすごいパンチの効いたものに…。
つづけてイカの激辛寿司も握ってもらう。これも悪くない。ここにさらにわさびを大量に追加してみると、唐辛子とダブルで襲いかかってくるパンチ。お寿司のジャンクフード感が加速している気がする。ビールが進みそうだ。この日は注文しなかったけど。
今までお寿司のパンチ成分としては、わさびが常識だと思っていたけれど、唐辛子ペーストも全然ありなんじゃないか。今まで唐辛子が基本だった柿の種が、いつしかわさび味も定番になってしまっていたのとは逆の発想を感じる。これから、お寿司の薬味として、唐辛子が定番化するなんて事もあるのか。
マグロとか、サーモンとか、ウニとか、唐辛子投入でどうなるかはわからないけれど、いちど試してみたい気持ちでいっぱいになった。もしかしたら、長年にわたって、わさびと醤油と、あとはせいぜい塩くらいしかなかったお寿司の革命かもしれない。オヤジ、なんちゅうものを考えつくんや。「常連さんが中心やから、味変していかな飽きられるからなー」それでこんなアイデアを?
お寿司とは繊細な魚介を味わうための料理という先入観がある。そこへ激辛の唐辛子ペーストをぶちこむなんて、暴挙でありお寿司に対する冒涜以外の何者でもないとか思ってしまう。店のオヤジも曲がりなりにも寿司職人だ。それもそこそこ美味しいお寿司を握る職人である。なかなかすごいことを考える。でもでも、この激辛寿司の悪くなさはなんなのだろう。パンチのあるお寿司という衝撃。
考えてみれば、お寿司の定番とされるわさびだって、繊細な味とかいう話とは程遠いものだった。お刺身でもお寿司でも、どんな魚介にしたって、ひたすらに「わさび醤油の味」にして食べたいのが人間だったりする。わさびと醤油という平坦な味の暴力の前には、魚ごとの細かい風味の差なんてほとんど消し飛んで、歯ごたえの違いくらいしか残らなかったりする。わさび巻きなんていう、ひたすらに過激さのみを追い求めたメニューだってある。そう考えると唐辛子ペーストてんこ盛りにすることは、お寿司の求める方向性から逸脱しているとはあながち言い切れない。お寿司の新たな薬味として成立する可能性はゼロじゃないはずだ。
目からウロコが落ちた。
ローカル回転寿司のオヤジの思いつきのままにしておくにはあまりに惜しい激辛寿司。出来れば萱島に食べに来てほしいけれど、アイデアが単純なだけに、誰でも再現は可能だろう。そこに美味しいお寿司があれば、唐辛子のペーストを加えてやればいいだけだ。スーパーで買ってきたお寿司でもいける。
おそらくこういうので全然作れる。というか、ズバリこれだったりするのかも…。
お寿司の革命なのか、知られざる異端の存在で終わるのかわからないけれど、激辛寿司はいちどは食べておいて損はないかと思う。