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泉昌之マンガの最高傑作ともいえる『新さん』は『孤独のグルメ』のようにドラマ化…いや映画化すべき!?

『孤独のグルメ』などで人気の漫画原作者の久住昌之。かつては泉昌之という名義でデビューしていてそちらのキャリアが長かった。そもそもは原作の久住昌之と、作画の泉晴紀というコンビ作家だったわけで、二人の名前を合わせて泉昌之というわけだ。

 

今は原作の側の活躍が目立ってはいるが、『食の軍師』など相変わらず泉昌之形体での活動もやっている。『孤独のグルメ』の谷口ジロー作画も最高だが、なんだかんだでこの2人の組み合わせがしっくりくるという古参ファンも多いかもしれない。

 

そんな泉昌之の最高傑作はなにかと問われれば、デビュー作の『夜行』(『食の軍師』の主人公である本郷がすでに登場している)も良いし、名短編『アーム・ジョー』か、それとも『豪快さん』か…と迷うところだが、短編ではなく、ある程度まとまったシリーズものということなら、これはもう『新さん』で決まりだと思う。(『ダンドリくん』はどうなんだ!?というツッコミを入れられたが残念ながら私は評価してない。好きな人が紹介記事を書いて欲しい)

 

『新さん』という漫画を一言で説明するのはなかなか難しい。いわゆるアラフォー男を主役とした日常系マンガということになるのだろうか。少なからず寅さん的な要素もある。ただし主人公である新さんこと呉竹新(くれたけ・しん)は、いわゆるアウトロー側の人間ではない。堅気な会社員だったりする。それでいて職人気質で(リフォームのデザインか何かをやっているらしいが詳細は語られない)現代社会に完全には溶け込めていない。なにかにつけ強いこだわりを持った性格の持ち主だが、とくに一貫したテーマがあるわけでもない。

 

新さんに似たような存在として、『孤独のグルメ』の五郎ちゃんや、『食の軍師』などの本郷や、『荒野のグルメ』の東森などがいるが、それらはグルメという一貫したテーマがあるだけに紹介がしやすい。「こだわりの強い40前後くらいの独身男が、ひとり飯やひとり酒(『孤独のグルメ』は飲まないが)を楽しむグルメ漫画」と一行で書ける。たとえば『野武士のグルメ』だったら、それが60過ぎの定年退職元サラリーマンになるだけだし、『荒野のグルメ』だったら『BERレモン・ハート』なみに同じ店が舞台になるというだけだ。

 

孤独のグルメ 【新装版】

孤独のグルメ 【新装版】

 

 

たしかに『新さん』にも食べ物屋や居酒屋に行く話は頻繁に出てくる。だけど味や店について言及したりする事は稀である。『新さん』は作者お得意のグルメシリーズの一環ではないことがわかる。威勢ときっぷの良い新さんが、様々なこだわりを示したり、不運やおっちょこちょいからトラブルに遭遇したり、三角関係で甘酸っぱくなったりする話だ。

 

前述のグルメシリーズや『食の軍師』が人気なのは、井之頭五郎や本郷や東森良介や香住武らのモノローグに対して読者が「そのこだわりわかる」「そうそう」「たしかに」などと共感できる部分が楽しいのだと思うのだが、『新さん』もモノローグを中心に展開するフォーマットはだいたい似ているので、これら作品を読んでいる人たちはすぐ入っていける。新さんの妙なこだわりにも「わかる!」「ああ、あるある!」とうなずける部分がきっとある。ただ、内にこもりがちな久住作品の他のキャラたちとは違って、もうちょっとアグレッシブなのが面白い。

 

呉竹新というキャラは、自分なりの妙なこだわりが高じて、寅さんばりに他人にガンガンつっかかる。いわば井之頭五郎が毎回アームロックを決めていくスタイルに近い。ちょっとしたヒーロー性が痛快だ。ただし劇中で新さんのこだわりがストレートに報われる事はほとんど無い。そうはいっても自分のこだわりをそれなりに押し通す生き方に対して憧れている人は多いのじゃないか。こんな新さんが会社や行きつけの飲み屋なんかでの人望が高い設定はうなずける。

 

高倉健的な理想の男性像を追究したハードボイルド漫画という言い方も出来るかもしれない。ちなみに新さんは革ジャンに角刈りというのがトレードマークになっている。

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記念すべき第一回目のエピソード「マシマシ」は、うっかり二郎系ラーメンに行ってしまった新さんという話。

 

作中に出てくるラーメン三郎のモデルになった二郎系ラーメン店は、吉祥寺のラーメン生郎(2015年に閉店)だと思われる。1997年に最初の単行本が出たので二郎系を扱った作品としては相当に早い。僕は二郎系の出てくる漫画でこれより昔の作品を知らない。僕自身、大阪人というのもあるけど、ラーメン二郎なんて存在を知ったのは2000年以降だったと思うし。90年代には漫画に取り上げていた久住昌之のグルメ作家としての嗅覚はすごい。ちなみに『孤独のグルメ』の最初のシリーズは1994年~1996年に連載されていたものだった。

 

この作品には吉祥寺がよく出てくる。井の頭公園に遊びに行くエピソードもあるし、いせや公園店(現在は建て直されてしまっている)で昼酒を飲んだりする話がある。新さんは8年ほど前に「この近くに越してきた」と語られている。他にも出てくる地名といえば荻窪とか西荻窪とか。そういえば『孤独のグルメ』の井之頭五郎が趣味のギャラリーみたいな店を持っても良いなと夢想しつつ、駅前の回転寿司の天下寿司に入ったのも吉祥寺だった。

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二郎系といえば呪文!ふと入ったラーメン屋で、いきなり呪文を連打しはじめる常連客に圧倒される男として新さんは登場した。今でこそ二郎系=呪文だが、そりゃ知らずに入ったら大変な事になるに違いない。ニンニクヤサイなどの定番の呪文の他に、トガというのが出てくるが、おそらくはトウガラシの略だと思われる。生郎にはトウガラシのトッピングもあったそうだ。他にもピリ辛ヤサイというのも出てくる。僕はけっきょく生郎には一度も行くことがなかったので詳しい事はわからない。漫画内では全盛期の行列の出来る店だった頃が描かれている。

 

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漫画内にリアルな二郎系ラーメンが登場した歴史的瞬間(かもしれない)。

 

まわりの呪文に圧倒されて、ついつい知らないのに真似して言ってしまった新さんの後悔と自己嫌悪!ハードボイルドだ。「わかる、わかるぞ!」と共感する瞬間である。あと、二郎系のロット問題にも言及しているのも鋭い。第一話のつかみとしては最高だった。

 

『新さん』というマンガの魅力が炸裂するのは第二話「居酒屋」である。北千住的な飲み屋街にやってきた新さん。ふと入った知らない居酒屋での物語。

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カウンターに座って店主とのやりとり。言葉にはならないが、どこかしらに違和感を覚える新さん。後の騒乱の壮大な伏線になっていたりする。

 

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微動だにしない店主!その目は純粋にまっすぐだった!

 

これだけだったら、とりたててトラブルの種にもなっていなかったのだが、しかし新さんのラグにも動じない店主との間には、埋めることのできない溝が…!

 

ここまでで「あ~、わかるわ~、つまりこういう事だよね」などとなった人は相当な高感度の居酒屋オタ!というか新さんとのシンクロ率かなり高いので、絶対に『新さん』という作品を読むべき人類であると断言しておく。

 

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一抹の違和感を覚えつつも、店の料理のうまさに感心しつつ、ビールで飲るのは勿体ないと地酒を飲み始める新さんであった。メニューの中から適当に選んだ地酒が大当たり。「美味いよこれ!」と新さん大絶賛。店主曰く、「滅多に手に入らない魔羅霞(まらかすみ)の大吟醸(ひどいネーミング)」だった。このときの常連の態度がソレっぽくて「ウッ」となる。

レア地酒をありがたがる常連たち。地酒に対して中華ドレッシングは無いんじゃないかとか、上等なお酒を燗で飲むのは勿体無いとか、あれこれあれこれ煩わしい形ハマった人類たち!

 

誰が悪いわけじゃないが、新さんの不満も身勝手かもしれないが、それでも「わかる!新さんの気持ちわかるぞ!」と言ってしまっている自分がいた。

 

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いろいろあって居酒屋で新さん大爆発。『新さん』という漫画や、新さんというキャラを最大限に表現した屈指の名シーンだと思われる。

 

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初めて入った居酒屋で常連たち相手に大演説ぶちかます新さん。悲しいくらいに場違い!悲しいくらいにピエロ!

 

「こだわりはわかるけど、そんなムキになって価値観押し付けちゃったらみんなドン引きするよ…」 

 

そんなことは誰だって(?)わかっているのだ!普通の人は安全策をとって一歩引いてしまうところを、一本気な新さんが後先考えずに突っ走るところにこのマンガの痛快さがあるのだ!そこには一種の破滅の美学があるように思える。

 

とくにこの「居酒屋」のエピソードは、新さんと自分のこだわりが近いだけに、深く心に残ってしまった。今でも「親父さんいいかげんにしろよ!」なんてフレーズはついつい使いたくなってしまう。

 

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第四話「定食屋」でも、老舗のそばや(三鷹のひよしや?)の昼飯時に相席した意識高い系カップルのくだらない会話についついブチギレしてしまう新さん!やらなくてもいいのに喧嘩を売ってしまう!

 

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完全にヤバイおじである。女性に「キャ」なんて言われてしまう始末。

 

見ず知らずの相手に、温度差のある主張をぶつけて、それで何かが解決するのか。しないかもしれないが言わずにはいられない。みんなどこか心の中に「新さん」を飼ってたりしないだろうか。僕の中には間違いなく「新さん」がいて、何かというと「御苦労さん!!」とか言ってたりする。

 

もちろん実際に態度で示すことは滅多にないけれど、世の中を器用にわたっていくなんてことも絶対に出来ないのも自覚している。かといって新さんみたいに思い切りの良さも絶対に持てないのだけど。そこまで振り切って生きるのも違う気がするし。新さんというキャラクターは、漫画ならではの戯画化された男のエゴだから頼もしい。

 

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新潮文庫版の『新さん』には、後年に描かれた完結編的なエピソードが追加されていて、新さんはバカとして開き直る宣言をしてしまう。自分もきっと愚かなんだろうけれど、こういう生き方は絶対に選ばないだろうなという意味でも、「もしこんなときに新さんだったら?」と折に触れて考えてしまいがちだ。

 

他にも「(居酒屋のトイレの窓をガラッと開けながら)こーゆー窓があるとつい開けたくなるな」とか、「時速230キロでバカが名古屋に運ばれていくぞ!!」とか心にくる名シーンがいくつもある。

 

僕が歳をとっても『荒野のグルメ』の東森良介(設定上は自分とそんなに年齢も変わらないというのが信じられない)や、『野武士のグルメ』の香住武には絶対になれないだろう。どこまでいっても新さんは新さんという安心感がある。新さんも世帯を持ったりする可能性があるんだろうか。本郷、五郎ちゃん、新さんは永遠の独身キャラクターでいてほしい気がする。ただ、新さんはたとえ結婚しても、あんまり変わらなそうではあるが。

 

そんな『新さん』ではあるが現在は文庫版も絶版状態。電書版も出ていないようだ。久住昌之の最高傑作なのにこの扱いはあんまりだと思う。できれば電書で再販してもらえないだろうか。もっと欲を言うと、新作を2、3本描き下ろしでつけてくれたら言うことなし。50台になった新さんみたいな話も、全然イケるんじゃないかと。あれからどうしてるか気になる存在だ。

 

(追記)文庫版のあとがきは『センセイの鞄』などの川上弘美!自分がかつて付き合っていた「新さん的な人」の話を思い入れたっぷりに書いてくれている。これも必読だ。あとがきまで良い。

新さん (新潮文庫)

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本郷はデビュー以来の活躍だ。 

かっこいいスキヤキ (扶桑社コミックス)

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食の軍師 1

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豪快さんだっ! 完全版 (河出文庫)

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土山しげるシリーズ 。これはこれで悪くないんだけど共感という意味では新さんや五郎ちゃんに劣るかも。

荒野のグルメ 1

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漫画版 野武士のグルメ

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