読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

温玉ブログ

ブログで儲けるヒントは絶対に教えません。


スポンサードリンク

『想定外を楽しむ方法』テレビの天才である越前屋俵太が芸能界に復活していた

越前屋俵太を知っている人は僕と同じくらいの40代以上の関西人か、福井県民か、『世界ふしぎ発見!』の視聴者だろう。テレビロケの天才といわれた人である。

 

90年代の関西では越前屋俵太は絶大な人気と知名度があった。なにしろ全盛期の『探偵!ナイトスクープ』のレギュラー探偵だったからだ。嘉門達夫生瀬勝久(当時は槍魔栗三助と名乗っていた)と共に放送開始からの出演だったらしい。僕がナイトスクープを見始めたのは1988年の放送開始から一年くらい経ってからだったはずだから、本当の放送開始当初は知らないが。

 

深夜帯のお化け番組といわれたナイトスクープだけど、上岡龍太郎が局長で、越前屋俵太(謎の人)と、桂小枝(吉本芸人)と、北野誠(松竹芸人)が揃っていた89~95年までのおよそ6年間が番組としてのピークだったと思う。もっといえば初期メンバーの嘉門達夫(ミュージシャン)と槍魔栗三助(劇団系)が残っていた時代までが深夜特有の空気があって最高だった。

 

ナイトスクープは視聴者からの依頼を探偵役のタレントが調査するという番組構成だから、ほとんど街中のロケが中心の内容で、何が起きるかわからないミステリーとスリルがウリだったのだけど、人気番組になっていってどんどんと吉本芸人が後乗りしてくる中で、越前屋俵太の存在は異彩を放っていた。芸人みたいにネタに走るわけでもなく、かといって面白くないわけでもなく、ひたすら全力疾走感のあるロケは真剣そのものだけど、いつしか変な気ぐるみを着て登場しだす。「このおっさんはいったい何者なんだろう?」いつしか目の離せない存在になっていった。

 

Mr.ナイトスクープと言われたのは桂小枝だったし、桂小枝自身もナイトスクープでブレイクして、番組自体もメジャー化し吉本色に染まっていくきっかけになっていった。たしかにナイトスクープ桂小枝探偵は当たり役だったし面白かったけれど芸人番組色が強くなっていくのはちょっとどうかと思った。けれど越前屋俵太が出ている限りは「何が起きるかわからない」深夜番組特有のスリルが残されていたように思う。そんな越前屋俵太は95年にナイトスクープを降板してしまう。理由はよくわからなかった。越前屋俵太が出なくなってから次第にナイトスクープは観なくなってしまった。なんだか番組自体が予定調和ぽくなってつまらなくなったからだ。端的に言えば『探偵!ナイトスクープ』は越前屋俵太に始まって越前屋俵太に終わった番組だったともいえる。まだ続いているけど。

 

越前屋俵太ナイトスクープに在籍していた時期に、『モーレツ!科学教室』という科学を面白おかしく説明するというコンセプトの深夜番組を立ち上げ、マスコットキャラクター兼アシスタントという役で出演までこなして、こちらもナイトスクープを観ていた若者を中心に大人気だった。ただしこれは全10回くらいの企画だったので、惜しまれつつすぐに終わった。僕なんかは越前屋俵太のことを、ナイトスクープとかで見ているだけだったが、単なる芸人とかいう枠じゃなくて、本当に才能のある人なんだなあと思ったものだ。江坂のクラブ「フィラデルフィア」をデザインしたとかいう話も聞いていたし。

 

1995年に越前屋俵太は人気絶頂だったナイトスクープを降板。どれだけ人気だったかというと関西の学園祭に呼ばれる数が笑福亭鶴瓶と並んでいたくらいだったらしい。それだけに不可解な降板だった。その後はいろいろの場所で活躍しているという噂はあったが、関西ではあんまり目にする機会も減っていってしまった。

 

そうするうちに2005年ごろだと思うけれど「越前屋俵太は芸能人を辞めて京都で山ごもりしているらしい」という話を聞いた。ナイトスクープと『モーレツ!科学教室』以外の活躍はあまり知らなかったけれど「越前屋俵太らしい」と思った。なんとなく勝手な思い込みだけど、テレビ業界のやり方はあんまり性に合ってないような求道者的な雰囲気が出てたからだ。特にバラエティ。僕もこのあたりでテレビを観なくなっていっていった。

 

だから二度と越前屋俵太って目にする機会も無いのかなと思ってたのだけど、先日ふとしたことでTwitter越前屋俵太がいることを知ってびっくりした。すぐフォローをして調べていくと、2017年の1月にはラジオ番組のレギュラーを始めていたり、著作の出版もしていたそうだ。

 

すぐに著作のAmazonページに飛んだ。タイトルは『想定外を楽しむ方法』というものだ。ものすごくウケたのはAmazonレビューのところの一番バッターが越前屋俵太だったことだ。それにしたって普通本人がレビューを書くか?あまりにもセンスが越前屋俵太だと思った。しかも読んだからわかったけど、あまりにも適切な評価だったのも面白かった。Kindle版が出ていたのですぐにダウンロードした。

 

本の内容は、越前屋俵太がどういう経緯でテレビ業界に関わるようになったかというところから始まり、仕事の経歴と裏話が大半をしめていた。別に「想定外を楽しむ方法」を知りたくて本を買ったわけではないのでそれで構わなかった。あの頃に絶大な人気を誇っていた越前屋俵太。しかし彼が何者なのかは結局よくわからないままだったので、越前屋俵太がどういう人で、どういう考えの持ち主かということをちょっとでも知れたら良いなと思って読んだのだ。80年代の頭には芸人として全国区でデビューしていたのは全く知らなかった。越前屋俵太の名前の由来も語られていた。ビートたけしとすごく仲が良かったというのも意外だった。探偵ナイトスクープではどれほど精魂込めてロケしていたのかもわかった。『モーレツ!科学教室』の越前屋俵太演じるポンチ君の相方で芸人ぽいのに科学の知識抜群のとんち博士が何者かも理解した。ナイトスクープ降板後に『世界ふしぎ発見!』で全国区で活躍してたことや、福井のローカル番組『俵太の達者でござる』というのを10年もやって、世の中に街ぶら番組ブームをもたらせたことも今更知った。大学の講師までやっていた。なんという多彩ぶり。

 

ナイトスクープという番組をずっと観ていた人間には周知の事実だが、『永遠の0』なんかでベストセラー作家になった百田尚樹というのはナイトスクープの中心の構成作家としてずっと番組に関わっている。今ではベストセラー作家兼、権力すり寄りネトウヨこじらせおじさんとしての側面が有名になりすぎていて「百田ってこんな人だったのか?」とびっくりの連続だけど、越前屋俵太の回想では「下品だけど頭はいい」「センスはないけど金はある」「腹が立った」と当初からいけすかないキャラだったようで妙に安心した。

 

それから懐かしかったのがナイトスクープで、越前屋俵太が頭に鶏の被り物をして、牛の柄のぬいぐるみを着ていた理由。僕はナイトスクープ友達なんかと「あれは『鶏口となるも牛後になるなかれ』って意味ちゃうか?」「いやお前、それは考え過ぎやろ」とかいう会話をしていた。本をよむと「誰にも気がついて貰えなかったけどそういう意味だった」とか書いていてだ驚愕した。中学のときの友達の勘の冴えすごい…。

 

越前屋俵太が突然ナイトスクープを降板した理由とか、山ごもりして芸能界を引退したとまで言われるにいたった理由については、本当のところよくわからない。けれど、本の中でたびたび出てくる業界内でのいろいろの衝突が僕には多少は臨場感をもって迫ってくる。

 

なぜかというと、こんな僕もテレビとの接点は全くゼロではなかったのだ。今じゃ考えられないけれど、テレビとラジオの両方でレギュラー番組をもっているという異常なことが半年くらいはあったのだ。ほんとたまたまのめぐり合わせだった。そこでプロの業界ってやつを体験した結果「ああ、こりゃダメだな。こんなんが永遠につづくなら、ぜんぜん面白くないわ」とヘコんでさっさと逃げ出してしまったのがこの僕だ。ちょっと言われたくらいでしゅんとならず、あちこち衝突しまくって、それでも面白いものを追求しまくったのが越前屋俵太だった。

 

仮に僕がめちゃめちゃタフだったら越前屋俵太みたいにやれてたのかなと思わなくもない。これは自惚れとか負け惜しみとかそんなではなく、どうしようもない性格的な問題の話だ。僕がコンマ1秒(6フレ)くらいですり減ってしまった業界で、ガンガン新しいことやって独自の世界観を作り上げた越前屋俵太はたいしたタフガイだと思う。5年くらい山ごもりして当然である。あらためて凄い人だったんやなと感心した。僕も少しくらい見習おうと思った。

 

僕は越前屋俵太の「やらされるのが嫌い」「偶然を装った予定調和が大嫌い」「プロと素人を選別してバカにするのが大嫌い」という考え方にものすごく同意する。テレビに関わった事がある人間はわかると思うけれど、街の何気ないインタビューひとつとっても、実際はものすごい段取りが組まれていたりする。本当のリアルなんてのはひたすらコストがかかるし面倒の連続だからだ。僕が「この業界、心底面白くないわ…」と思って萎えてしまった大きな理由のひとつだった。しかし越前屋俵太は、そんな世界で真っ向勝負を繰り返していた。

 

僕みたいに、越前屋俵太って存在が、ちょっとひっかかっていた人は読むと良いと思う。

想定外を楽しむ方法

想定外を楽しむ方法

  

 

www.hochi.co.jp

百田尚樹がキーワードなのが面白い。

etsuzan.jp

公式ブログの方でも百田尚樹なのが面白い。

スポンサードリンク