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新メニューのグランから見えてくる日本マクドナルドの迷走

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写真は、新発売されたグラン・シリーズのうちのグラン・てりやき。

 

以前このブログで、日本マクドナルド最大の美味バーガーは、ダブルクォーターパウンダー・チーズだと書いた。マクドナルドはクォーターパウンダーをもっと積極的にアピールしなさいと。するとそれで呪いがかかったのかどうか知らないが、日本マクドナルド社は、クォーターパウンダー・チーズと、ダブルクォーターパウンダー・チーズの2メニューをレギュラーメニューから廃止するという電撃的な発表を行った。

butao.hatenadiary.com

日本マクドナルド社に裏切られるのはこれで何度目だろうか。日本マクドナルド史上コスパ最高傑作といわれたマックポークが廃止された時も頭がクラクラしたし、満を持して本国アメリカのメニューから導入されたマックダブル(ダブルチーズバーガーからチーズを一枚抜いただけなのに190円という神がかりバーガー)がいきなり抹消の憂き目に遭わされた時も怒りを覚えて二度とマクドナルドに行くものかと思ったものだ。近年で良かった展開といえば、やはりアメリカメニューから導入されたビッグブレックファストの発売くらいだろうか。内容はしょぼかったけれど。

 

そして今回のクォーターパウンダーチーズ兄弟のリストラ。単品で520円もするハンバーガーは500円の壁が高すぎて受け入れられないとかいう理由だそうだが、本当のところはわからない。抜けたクォーターパウンダーの代わりに新たに登場したグランというバーガーは、一番高いグランクラブハウスで490円という価格設定だから、500円の壁を意識しているのは確かみたいだ。

www.itmedia.co.jp

 

じゃあその新しく登場したグランクラブハウスとやらは、ダブルクォーターパウンダー・チーズの520円に対して、どれほどのお得感を演出したというのだろうか。もちろん気になって自腹で試食するわけだ。

 

酷かった。グランクラブハウスなんてご大層な名前がついていたが、ダブルクォーターパウンダー・チーズとは比較するのも悲しくなるくらいの、ちっぽけでちんけなバーガーだった。たった30円を安くしただけで、ここまで物量に差をつけられなきゃならんのだろうか。使われていたハンバーグは、クォーターパウンダー1枚のサイズにも遠く及ばない。

 

「おいおい、たった30円安いだけで正気か!ダブルクォーターパウンダー・チーズは、クォーターパウンダーが2枚も使われていたんだぞ!パンからはみ出る大きさだったんだぞ!どうしてこうなったんだ!」と頭の中で江原正士声の面白黒人が叫んでいた。500円の壁がどうのこうのといっていたくせに、廃止したダブルクォーターパウンダー・チーズのコスパの良さを、改めて痛感させるバーガーを投入してどうするのかと。

 

このグランシリーズの自慢は、ハンバーグと、パンにあるという。だからボリュームの無さは我慢しろいうことらしい。これはつまり、従来からあるメニューのハンバーグとパンの質には自信が無いというメッセージである。従来からあるハンバーガーが大好きで、わざわざマクドナルドに足を運んでいた客は、どんな顔をして食べれば良いのだろうか。

 

肝心の質が自慢のグランのハンバーグの味だけど、なんだかはっきりせずぼやけたものだ。よく言えば上品な味のハンバーガーともいえる。そういえばモスバーガーなどで使われているハンバーグに近いような気がする。グランのパンは、もっちりとしていて、噛みごたえがあり、これはフレッシュネスバーガーかなんかのパンに似ている気がする。

 

味としては悪くは無い。モスバーガーとフレッシュネスバーガーの中間みたいな味だから、まずいハンバーガーではありえないだろう。490円という価格も、モスバーガーやフレッシュネスバーガーの価格帯からいえば、妥当なラインを出してきたのではないか。

 

しかしだ。最大の問題は「なんでマクドナルドまで足を運んで、モスバーガーやフレッシュネスバーガーのまがい物を注文しなきゃならないのか」ということ。しかも、モスバーガーやフレッシュネスバーガーと同じような金額を出して、だ。だったらモスバーガーか、フレッシュネスバーガーに行くだろう。常識で考えれば。

 

マクドの経営陣の中にはこんな歪んだ考えが蔓延しているのかもしれない。

「マクドナルドの店舗数は、モスバーガーやフレッシュネスバーガーを遥かに凌ぐ。だったら、マクドでモスバーガーやフレッシュネスバーガーが食べれたら最強なんじゃないか?」

 

たしかにマクドナルドの店舗数2898という数字は、1359店舗のモスバーガーや、158店舗しかないフレッシュネスバーガーを大きく上回っている。そりゃ2倍以上の店舗数を誇るマクドナルドで、モスやフレッシュネスみたいなハンバーガーが食べれるなら利便性は高いようにも思う。しかし何かが間違っているような気もする。

 

ここで結論を急ぐのも良いけれど、ちょっと深呼吸して、あらためて数字のいろいろのことを確認しておきたい。

 

とりあえず大事なのは、マクドナルドの売上高についてだ。2012年の2947億1000万円から、回復基調にはあるもの2016年は2266億4600万円になってしまった。この4年で700億近い売上を失っており、いってみればかなり低迷していると言えよう。一般的に流布されている「マクドナルドが苦境に立たされている」というイメージは概ねでいえば正しい。

 

一方で業界第二位のシェアで、マクドナルドと常に対比されるライバルともいえるモスバーガーは、2012年に626億7200万円だったのが、2016年には711億1300万円と推移している。かなり堅調に成長しているとは言える。「モスは支持されている」という印象は間違ってはいない。

 

他のハンバーガーチェーンである、ロッテリアやバーガーキング(どちらも経営はロッテ)や、フレッシュネスバーガーなんていうのはそれよりずっと以下の存在なので、ここではあまり考慮にいれなくて良さそう。ずっと以下の存在だということだけ頭に入れておけば十分だ。

 

さて「マクドナルドが4年で失った売上の700億円はどこへ行ったか?」という問題であるが、上記の数字を見ても、モスバーガーはたった100億しか売上を伸ばしていないから、仮にマクドの客がモスバーガーに流れたといったって、たかが知れている割合だと推測する。

 

そもそもマクドが失った売上だけで、モス全体の売上に匹敵する金額なのであるから、そんなことが起きていたとしたら、いきなりモスの売上が倍増していたり、バーガーキングなりフレッシュネスバーガーなりが、モスに匹敵するかそれを凌ぐ売上で業界2位に躍進するとかいった異常事態になっているはずだ。しかし依然として2位の位置にいるのはモスだし、他のバーガーが好調だったとしても、金額としてはマクドが失った売上には遠く及ばないだろう。だいいち店舗数が違いすぎるのだから当然だ。

 

だとすれば考えられるのは、マクドのかつての売上は、同業他社のハンバーガーチェーンに奪われたというより、幅広い意味での様々な外食産業に奪われたのか、外食産業全体の動向の影響を含んでいるのかのどちらかであろうということ。おそらく両方の理由によって売上が減じたのであって、同業他社への客の流出というのはそれほど大きな要因とはいえないということだ。そもそも、店舗数だってどんどん減らしている。この4年間だけでも10%は減っているのだ。700億円のかなりの割合のところが店舗数減による影響ではなかろうか。

 

大事なことなので確認しておくが、2017年のこの時点ではマクドナルドは日本最大のハンバーガーチェーンであり、その売上は圧倒的ともいえるものだ。それがどれほど圧倒的かというと、2015年度の外食産業ランキングでも第4位に位置しており、マクドよりも売上があったのは、すき家のゼンショーと、ガストのすかいらーくと、甘太郎や贔屓屋のコロワイドグループしかない。売上トップ10は1000億円以上の売上の企業で占められており、マクドナルドのたかが三分の一程度の売上高しかないモスフードサービスなんかが食い込む余地はどこにもない。

 

ものすごく大雑把な分析をすれば、マクドナルドはモスバーガーの3倍の顧客がいるということにもなる。マクドの店舗数が、モスバーガーの3倍近い数で、売上も3倍くらいであるし、当たらずといえども遠からず、妥当な推測といえるのではないか。

 

さて、日々マクドナルドに足を運んでいる、モスバーガーの3倍くらいはいるであろう顧客たちは、なぜマクドナルドに足を運んでいるのだろうか。近くにモスバーガーが無いから仕方なくマクドナルドに行っているのだろうか。そんなわけがあるまい。本当にそうだったら、モスバーガーは今すぐ店舗を3倍に増やした方が良いということになる。

 

モスバーガーの3倍もの人間が、マクドナルドに足を運んでハンバーガーを食べ続ける最大の理由は、単純にマクドナルドが好きだからだ。店が多くて便利だからマクドナルドを食べるのでも、モスバーガーが高くて買えないからマクドナルドで我慢しているわけでもなく、単にマクドナルドの味とブランドが好きなのだ。単に安くお腹を満たしたいというだけなら、今どきスーパーでもコンビニでもハンバーガーは売っている。というか、ハンバーガーじゃなくても良い。立ち食いうどんでもなんでもある。

 

もし、マクドナルドの顧客のうちのかなりの割合が、実はモスバーガーが好きなんだとかいう事実があるのなら、モスバーガーが近くにある地域の店舗はぜんぶ潰れているはずだ。そしてモスバーガーは長蛇の列になっているに違いない。しかしそんな光景は見たことがない。

 

だからマクドナルドの経営陣がするべきことは、マクドナルドの味と雰囲気が好きな顧客を、十分に満足させるサービスを提供し続けることではないか。もともとマクドが好きな人間に、もうちょっとマクドを利用する回数を増やそうと思うようなサービスだ。最初からマクドを毛嫌いして、モスバーガーなどを利用していた層に、マクドに来てもらうようなサービスなんかしてもしょうがない。

 

しかしどうも、日本マクドナルドの経営陣は、よりにもよってマクドナルドのハンバーガーの味と雰囲気が大嫌いらしい。モスバーガーの3倍くらいの顧客が、マクドナルドのハンバーガーの味を求めてやってくる現実に我慢が出来ないとしか思えない。

 

2年くらい前だったか。新商品のハンバーガーのプロモーションのCMを見た時に唖然としていた。どんなハンバーガーか忘れたけど、ちょっと高級路線を狙ったやつだった。CMではそれを試食したテスターたちが口々に「美味しい!」「マクドナルドじゃないみたい!」とか言うのだ。じゃあ今のマクドナルドに満足しているファンは「ハンバーガーの味がわかってない奴ら」ということか。

 

モスバーガーとか他のハンバーガーが好きな人が、マクドナルドのハンバーガーの味をくさすというケースはいくらでもある。そんなもん、味の好みは人それぞれだから仕方がない話だ。マクドナルドの味が気に入らないのなら利用しなければ良い。

 

僕はマクドナルドの味が世界最強というつもりはない。場合によってはバーガーキングのワッパーの方が好きだと常々言っているし、世界にはいくらでも美味しいハンバーガーがあるに違いない。それでもマクドナルドに行く理由はマクドナルドの味を求めて行っているのだ。だからマクドナルドの味をとやかく言う人間なんかほっておくにこしたことはないと思っている。

 

しかしだ。よりにもよっってマクドナルドを経営している会社自体が、自分たちの商品の味やブランドを支持しているファンをこけにするのだ。しかもそのファンの数というのは、外食産業でもトップ5には確実に入るであろう多数派であるにもかかわらず喧嘩上等。こんなビジネスの方針は、革命的にも程がある。

 

なんか思い出しただけで腹たってきたので、そのプロモーションのハンバーガーがどんなやつだったか色々と検索していたら、わりにすぐに出てきた。そのバーガーとは、クラブハウスバーガー・ビーフというやつとクラブハウスバーガー・チキンというやつだった。ぜんぜん意識はしていなかったが、どうも今回のグラン・クラブハウスなどの前身となったバーガーだったようだ。だからグランのプロモーションも前回を踏襲して「マクド嫌いに褒められるバーガー」というのを前面に押し出しているそうだ。経営陣の脳みそがモスバーガーのソースまみれになっているとしか思えない。

 

別にモスバーガーやフレッシュネスバーガーの味が悪いと言いたいわけではない。ただ、マクドナルドの味のファンは異様に多いという事実があるだけだ。多いから偉いとは思わないけれど、多数いるお得意様に喧嘩を売って、少数派である非顧客に媚びを売るというのは商売的には損しか無いと思う。何を考えているのかという話だ。

 

今のマクドナルドの経営陣は、お金儲けよりも「マクドナルドじゃない味のバーガーを普及させる」「マクドナルドの味は抹殺する」ということに情熱を燃やしているようにしか思えない。売れているAppleIIを殺してまでMacintoshの売り込みに全力を傾けたスティーブ・ジョブズかよと思う。もっとも、彼らの理想とするバーガーは、自分らのブランドの三分の一くらいしか売れていない競合店の味に近かったりする。自分たちならもっとたくさん売れると思っているのだろうか。

 

モスバーガーやフレッシュネスバーガーとマクドナルドが並んで営業していたら、僕は迷わずマクドナルドに行くくらいにはマクドナルドを支持している。何度もいうがダブルクォーターパウンダー・チーズは、マクドナルドを超えたマクドナルドというべき傑作バーガーだった。バーガーキングくらいのボリュームがあるのに、間違いなくマクドナルドの味わいだった。しかしグランのどこにマクドナルドっぽさがあるんだろうか?パンも、ハンバーグも、値段も、マクドナルド感ゼロ。マクドナルドっぽくない味というコンセプトで作られたのだから仕方がないが。

 

グランの味がまずいとは別に言わない。味はフレッシュネスバーガーとモスバーガーの合いの子みたいなもんだからぶっちゃけ美味い。でもマクドナルドでこれを食わされたって困る。そんなのが食いたいなら、最初からモスバーガーなどに頻繁に足を運んでいたはずだ。でも我々はモスバーガーじゃなくてマクドナルドを選んだということだ。べつにマクドナルドがマクドナルドらしくないバーガーに挑戦するなとかいう意味じゃない。ただ、現状のマクドナルドに、われわれ顧客が求めているものは、少なくともきっちりと提供して欲しいと思っているだけだ。

 

はっきりいって、クォーターパウンダーを殺すみたいな真似をして登場してきたグランに対する印象は最悪である。だから、味のクオリティとかではなく、コンセプトや好みなど総合的に加味したうえで「日本マクドナルド史上で最大の駄バーガー」と呼ばせてもらいたい。いちおう3種類とも食べたが二度と食べたくない。気分が悪い。

 

マクドファンというのは、何度痛い目にあわされても、やはりマクドの事が気になって、しばらくするとのこのこと会いに行ってしまう。世間によくいるDV被害にあっている女性に例えられがちである。またはスティーブ・ジョブズの相棒だったスティーブ・ウォズニアックみたいなもんだ。(繰り返しこういうたとえが出てくるのは、最近映画『スティーブ・ジョブズ』を何度も観たから)

スティーブ・ジョブズ (吹替版)

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マクドナルドファンというのは、赤と黄色のmの字の看板を見てしまうと、ちょっと心配になって定期的にふらふらと覗いてしまう。そしてよせば良いのにグランなんていう新作の駄バーガーを試してしまう哀しい生物だ。

 

割引クーポン券が誤差クーポン券と化したときも、マックフルーリーが小さくてしょぼくなったときも、マックポーク販売終了のときも、メニュー表が改悪されて見辛くなったときも、マックダブルが抹消されたときもそうだった。そして今回のクォーターパウンダー終了騒動も。なんど打ちのめされても、そのたびに起き上がりmの看板を目指してしまうのだ。

 

マクドナルド経営陣は、毎年マクドナルドに2000億円以上の売上を提供している大勢の、そして長年の、マクドナルドファンの気持ちに少しは忖度していただきたい。それがマクドナルド再生の最短の道ではないか。なんで今いる客を大切にせず、それどころかバカにさえして、より少ないパイを開拓しようとするのか理解に苦しむ。

 

日本マクドナルド経営陣が、マクドナルドじゃない味のハンバーガー屋を目指したいというならば別に止めはしない。700億円くらいの売上のよりコンパクトな商売に鞍替えしたいというならそれはそれで一つの道かもしれない。でも、それだったらマクドナルドの看板は返上していただきたい。マクドナルドはマクドナルドの味が好きな人が経営するべきではないか。マクドナルドのフランチャイズをやりたい会社はいくらでもありそうだ。もしかしたらモスフードサービスとか、ロッテが、マクドナルドのフランチャイズ権を買ってくれるかもしれない。

 

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 最高のマクドナルド映画のひとつとも言える名作。

マクドナルド総選挙のトリプルチーズバーガーはたいしたことがない(断言)

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マクドナルド総選挙とかいうのでダブルチーズバーガーが一位になって、その記念ということでダブルチーズバーガーがトリプルチーズバーガーとして販売されていたので2個ほど食べた。感想としては「美味いことは美味いけれど想定内」というものだ。評価できるところとしては、本来はチーズバーガー2個の値段である260円を上回る320円もするタブルチーズバーガーがトリプルになることによって、チーズバーガー3個ぶんの390円よりも、コスパの面で納得のいくサービスとして成立したこと。

 

僕は普段の320円のダブルチーズバーガーを買うくらいなら、チーズバーガーを2個を260円で買っていたし(パンの枚数だけではなくピクルスの枚数的にもお得だ)、トリプルチーズバーガーの販売が終了してもチーズバーガー3個を買って合体させて食べようなどとは絶対に思わない。いちおう自分の生活圏内でもっとも良い味のチーズバーガーを提供する店舗で試食してみての感想である。

 

トリプルチーズバーガーのポテンシャルというのは、チーズバーガーを3個買うよりお得。それ以上でもそれ以下でもなかった。ダブルチーズバーガーはチーズバーガー2個とはまた違った微妙な味わいがあるんだという主張は否定しない。しかしその微妙さのために60円の上乗せはキツい。そして僕は「チーズバーガー2個を合体させた方のダブルチーズバーガー」の味の方が好きかもしれないし。

 

そもそもダブルチーズバーガーは値段設定的に大いなる矛盾を抱えたバーガーだった。だから今回の総選挙で一位になりましたと言われても、もともと値段的に矛盾を抱えたダブチーでお得感を演出したかっただけという「出来レース感」が拭えない。じっさい僕自身まんまとトリプルチーズバーガー2個を購入して、マクドナルドに640円も献上してしまっている。

 

このお金があれば、かのダブルクォーターパウンダー・チーズを買ってもお釣りがきたのだ。トリプルチーズバーガー2個と、ダブルクォーターパウンダー・チーズ1個、どちらが満足度が高いかなんてのは考えるまでもなくダブルクォーターパウンダー・チーズだ。

 

今回の総選挙のイベントが、まっとうに集計した結果を出していたと仮定しても、僕の推すダブルクォーターパウンダー・チーズが一位になるなんてことは絶対に無かっただろう。確信的推論でいうけれど、マクドナルドの利用客のうちで、ダブルクォーターパウンダー・チーズを注文してちゃんと食べた事がある人間なんて10%もおるまい。そんなバーガーが、人気投票で一位になるなんてことはあり得ない。

 

マクドナルドのレギュラーハンバーガーメニューで何がいちばんすき?」という質問にノータイムで「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」と答える人間はほとんど見たことがない。「クォーターパウンダー!」と答える人間すら稀だ。だいたいは「チーズバーガー」とか「ビッグマック」とか「フィレオフィッシュ」などと答えるはずだ。せいぜい変わったところで「ベーコンエッグマフィン」とかだろう。

 

味の好みというのは人それぞれだし求めるものもそれぞれであるので、そのことについてはとくに責めようとは思わない。しかし「ビッグマックが好き!」とかいう人に対して「ビッグマックが、ダブルクォーターパウンダー・チーズに勝っている点はどこ?」と質問した場合に返ってくる答えとしては「そんなメニューあったっけ?」だったりするのがたまらない。

 

でもまあ、無知を責めるのもかわいそうだし、そもそもマクドナルドがダブルクォーターパウンダー・チーズをあまりアピールしてこなかったのも悪いのだろう。あと値段の高さもネックだ。マクドナルドで単品ハンバーガーに520円も出すというのはなかなかに狂気だ。そしてほとんどの人は、マクドナルドに520円もするレギュラーメニューバーガーがある事実を知らないだろう。

 

しかし同じ無知にしても、マクドナルドファンによる無知はまだ許せる。しかし「マクドナルドなんか食べる価値もないよ。多少高くてもモスバーガーで食べる方が良いよ」とかぬかす奴は許しがたいものがある。

 

「ふーん、それで、おたく、ダブルクォーターパウンダー・チーズを食べたことあるの?」なんて尋ねたら「なにそれ?」という返答があるのは火を見るより明らかだ。ダブルモスバーガーと同じ値段のハンバーガーが、マクドナルドのレギュラーメニューに存在するなんて思ってもみないのだろう。ろくろくマクドナルドで食事したこともないくせに、マクドナルドを頭ごなしに否定するような人類には、一生わからないことというのがある。

 

ここまできたらもうお解りだと思う。「もう少しお金出してモスバーガーに行く」くらいならば、「マクドナルドでもう少しお金を出してダブルクォーターパウンダー・チーズを注文する」のが真の正解なのだ。ダブルクォーターパウンダー・チーズの味やボリュームのそれはマクドナルドの概念を超えている。どっちかっていうと、バーガーキングのワッパーなんかに近いボリュームかと思う。

 

話は戻るが、チーズバーガーが130円なのに、ダブルチーズバーガーは320円もする。一方、クォーターパウンダーチーズというのは400円もする。これがダブルクォーターパウンダー・チーズだと、チーズバーガー一個分の値段よりも安い120円の上乗せ価格の520円だ。そう考えるとダブルクォーターパウンダー・チーズというのは、もともとかなりお得なメニューなんじゃないのかと思えるから不思議である。

 

トリプルチーズバーガーが320円で食べられるのは70円のお得感だったかもしれないけれど、仮にトリプルクォーターパウンダー・チーズを自作しようと思えば、最低でも920円ほどかかるのかもしれない(トリプルチーズバーガーは作ったことあったが、さすがにこれは自作したことがない)ので、ほぼ400円くらいお得感が出てしまう。

 

総選挙イベントでは、ダブルクォーターパウンダー・チーズが一位になった場合、520円でトリプルクォーターパウンダー・チーズの販売を公約していた。出来レースで一位にするのはちょっとばかりリスキーに思えるのは、単なる憶測にすぎないのだろうか。

 

まあ、とにかく。総選挙についてはもう語るまい。このイベントに第二回とかがあったとしても、投票の構造的にダブルクォーターパウンダー・チーズが一位になることも無いように思う。(こんな風に釘を刺すことによって日本マクドナルド社の意識に訴えかけれたら良いという下心も多少はある)

 

マクドナルドでたかがハンバーガーの一個に520円払うのは震えがくる体験かもしれないが、ダブルクォーターパウンダー・チーズのうまさを知らない人は勇気をふるって食べてみるべきだろう。マクドナルド好きを自負しているのならなおさらだ。

 

バーガーキングでダブルワッパーチーズに810円支払う恐怖に比べれば、なんてことも無い(のかもしれない…)

 

僕はダブルワッパーチーズも好きである。

 

butao.hatenadiary.com

丸デブラーメンのために岐阜に行く価値あり

ここ2年くらい暇があれば岐阜によく行く。去年だけでも四回くらいは行ってるはずだ。岐阜の良い所は、大阪から近いところ。快速電車を乗り継いで2時間半でたどり着ける。岡山よりもちょっと行きやすい。岐阜から20分足らずで名古屋に行けるので普通は名古屋に行きがちなのだけど、岐阜の魅力にとりつかれてから、名古屋の方はすっかりご無沙汰になってしまっている。

 

さて岐阜の良さであるが、まずひとつに街のコンパクトさが挙げられる。JRの駅と名鉄の駅があまり離れてなくて、その周辺と、ちょっと歩いた先にあるかつて中部地方一番の賑わいをみせたという柳ケ瀬商店街。このあたりで岐阜はだいたい完結できる。あれこれ目移りする面倒がない。JRの南口のすぐに西日本一のソープ街といわれた金津園があるが僕は用事がない。岐阜駅についたら黄金の信長像(宇都宮の餃子像と並びインパクトはあるがちょっとどうかと思うセンス)のある北口にまっしぐらである。

 

名古屋と岐阜の文化圏が同じなのが良い。たとえば岐阜にはラーメンとアイスの寿がきや、手羽先の風来坊、つばさや、などがある。コメダコーヒーもある。そして土手煮や味噌おでん、味噌かつを出している店も多い。しかも味噌カツは岐阜が元祖という説もあって、名古屋の某有名店よりはるかに自分好みの味で驚いた。そして、とんやき(関東でいうところの焼きとん)の名店もある。

 

スーパーに入れば名古屋で売ってるような味噌煮込みうどんやらなんやらたいていある上に、鮎もあるし、飛騨高山ラーメンの影響下にもあるし地酒も豊富だ。これだけ揃っていると、名古屋から脚遠くなってしまうのも無理がないと思う。ただし、なぜだか、名古屋にあれほどある、世界の山ちゃんは岐阜には出店していない。いまや関西にも何件もあるから、別にいいけれど。

 

岐阜ならではの名物もいろいろにある。そのひとつが丸デブラーメンだ。なかなか印象的な名前である。そして丸デブラーメンは一杯400円だ。ラーメンとしてはすごく安い。大正期から岐阜で営業をしているラーメン屋で、物価高に逆らい続けた結果、今でも安いラーメンを提供している。それにしても丸デブという大胆な名前はいちど聞いたら忘れにくい。なんでも、オープン当初は、大柄な店主がいたので、丸デブなんていうすごい名前になったそうだ。

 

それだけに古くからのラーメン屋なのでファンがたくさんいる。昼どきのみの営業なのだが、お店にいくとお年寄りでいっぱいになっている。店内は年季が入りすぎて、テーブルやら柱やら、あちこち角がとれてピカピカ光ってるようだ。これだけで文化財に指定したいくらいの佇まい。そして大きいテーブルで、みんな相席でラーメンをすする。

 

メニューは中華そばとワンタンスープしかない。どちらも400円なんだが、どんぶりにはミチミチに麺やワンタンが入っており、老舗にもかかわらずかなりの大柄めしっぷりが感じられる。だから、食べに行った時は中華そばにするかワンタンにするか悩ましいところだけど、実際は両方を注文している人がけっこうな割合でいたりする。しかもそれは大食い自慢みたいな大柄ではなくて、 古くから通い続けているお婆さんだったりするので驚かされる。こんなお婆さんでも食べれるのだから、僕が怯むのも恥ずかしいのかもと真似して両方を頼んでみたこともあった。そしたらやはり食いごたえのある量ではあったけれど、なんだかんだで苦もなく食えてしまって驚いた

 

脂分があまり感じられないお蕎麦に近いスープと、ふんわりと茹でた麺が胃袋にはわりに優しい。ワンタンの方もそれほど肉肉しいものではなくて、きしめんそばのようなものであったりする。大柄めしのお得感はありつつもあまり胃袋にダメージが無いというのは貴重なお店だ。お年寄りで中華そばの二杯並べて食べている人までいたくらいだ。そういう光景は他のラーメン屋でも見たことないし、うどん屋でもあまり見た記憶はない。そば屋でざるそばやもりそばを何枚か食っているような感覚に近いのかもしれない。

 

お年寄りの常連が丸デブを大切にする理由はわかる。こんなお店は二度と現れないからだ。現代のラーメンの文脈からははっきりと外れている。戦前の感覚の中華そばというのは、まさに中華風のそばだった。現代の視点からは「これそばなの?ラーメンなの?」という事になる。これから新しくラーメンを作ろうという人間が丸デブのような中華そばを目指すことはまず無いだろうし、丸デブのように大正時代の中華そばの感覚を伝える店は数少ない時代の証人だ。

 

丸デブはときに「たいしたことのないラーメン」と評される事もある。もうおわかりだろうけど、現代ラーメンの文脈からは丸デブの魅力にせまることは不可能だ。現代では丸デブのような中華そばがラーメンという呼び名でくくられることはほとんどない。だから「現代ラーメン屋の楽しみ」なんて感覚はいちど置いておいて、「他にこういう食べ物があるのか?」という視点に立って味わうべきで、そうすることが出来たなら、岐阜のソウルフードと呼ばれ、古くからの常連がひっきりなしに訪れる理由も少しは理解できるかと思われる。

 

大正期のラーメンの生き残りが平成の次の時代にも味を伝えることが出来るかどうかは知らない。僕としては出来る範囲では岐阜を訪れて丸デブを味わっておこうと思っている。

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みんなに『帰ってきたヒトラー』を観て欲しかった

『帰ってきたヒトラー』という映画を観てきた。ヒトラーが現代のドイツにタイムスリップしてきたらどうなる?というドイツのSF小説がベストセラーになった。それをドイツで映画化したのが本作だ。これがめちゃめちゃおもしろかったので日本国民みんなに観せてやりたいと思った。

 

ベルリン陥落前に、どういうわけか現代のドイツにヒトラーはワープしている。理由は全くわからない。ヒトラーはキオスクで新聞を読み、たちまち事態を把握する。そして新聞をむさぼり読んで現代の社会情勢をどんどん吸収していく。

 

同じ頃、テレビ局をクビになったディレクターが面白いネタを探していた。たまたまカメラに写っていたヒトラーそっくりのヒトラーに目をつけて、彼を本物とは知らずドイツ中を連れまわしてロケハンに出かける。

 

ヒトラーは各地で政治に不満を持っている人を見つけてはその話を聞いてまわる。「移民が何もかも悪いのよ」とかいうオバサンの話を「うんうんその通り」などと聞いてやるのだ。ヒトラーといえばドイツの歴史でも世界の歴史でも、たぶんトップレベルに有名な人だ。だからヒトラーそっくりのヒトラーもあちこちで人気者になっていく。テレビ局に連れて行けばたちまち重役たちのハートを掴んで、テレビ番組への出演が決まる。

 

本物そっくりの演説をぶちかます彼に(本物なのだから当然だけど)観客もテレビの視聴者も目を離せなくなっていく。テレビ局の女社長を味方につけたヒトラーはますます躍進していく。

 

この作品は最初はおおむねヒトラーの一人称的な視点で進んでいく。そして現代でアナクロともいえる大げさな主張や行動を繰り広げれば繰り広げるほど皆に笑われる。でも本人はいたって真面目だからよけいに面白い。

 

観客はそんなヒトラーに「なんだ、ヒトラーといったら怖いイメージあったけど、面白いオジサンなんじゃ?」と親近感をもっていく。

 

しかもヒトラーはいついかなるときも真剣で全力投球だし、力強く「私に任せたまえ!」と言われたら何となく頼りになる感じがする。

 

実際に、ドイツ国家民主党の本部に突撃取材を敢行して相手を言いくるめたり、せっせと各地に足を運んで活動家と仲良くなったり、行動力も半端ではない。

 

それでもって例の軍服でビシーッと決めて立ってるだけで誰がみたって痺れるほどかっこいい。YouTubeでたちまち何百万とアクセスを集めて大人気になっていく。親衛隊を募集すればドイツ中のボンクラが集まってくる。

 

映画を観てるコチラとしてもいつしかヒトラーに肩入れして「おうおう、どんどんヤッちまえ!」という気分になってくる。

 

なにしろ世の中の大半のオヤジは、ダサくて、はっきりしなくて、なんとなく頼りない。その点、ヒトラーはとてつもなくハッキリとものを言う。観ていて正直、スカッとする。

 

でも、現実には、頭頂部ウスラハゲオヤジのようにダサくて、ぼんやりと頼りなくて、もやもやとはっきりしないものの方に、正しいことが多かったりする。でも、口からでまかせであっても、明確な答えを聞きたいのが人類だったりする。どうしたって、理屈より先に、気持ちでスカッとしたいのだ人類は。

 

かくして、映画を観てる人間も、当時のドイツ人が、どうしてヒトラーなんかに付いていってしまったのかを実体験として理解するのだ。ヒトラーの本当の恐ろしさは、そのカッコよさなのだった。

 

人類は、面白くて、親しみがもてて、カッコいいものに弱い!!

 

致命的に弱い!!

 

冷静に考えたら、完全に間違ったものだったとしても、ダサくて正しいものより、カッコよくて間違ったものを選んでしまう。人情といえば聞こえは良いが、人間がハマりやすい落とし穴なのだ。

 

しかし過ちに気がついた時にはもう遅い。ヒトラーはものすごい権力を握ってしまっている。カッコいいヒトラーに逆らう人間は、「社会の落伍者」「痴呆症の老人」「単なる精神異常者」として片付けられていってしまう。社会では「カッコよくないもの」の意見は無価値だったのだ。

 

映画は繰り返し警告する。「カッコいいものには気をつけなさい」と。

 

ヒトラーのような人物にとっては、当時のドイツよりも、テレビやインターネットが普及した現代の方が、はるかに仕事がやりやすい世界だった。だってヒトラーみたいに面白くてカッコ良くて人心を掌握するのに長けた人物は、メディアの力と組み合わせると恐ろしいスピードで人気者になれるのだ。

 

そんな人気者が合法的に選挙に打って出たらどうなるのか?

 

戦前のヒトラーも選挙の力を借りて権力者にのし上がったが、それ以上のスマートさで権力を奪えるだろう。だって、選挙システムのなかに、人気者を阻止する仕組みは無いもの。だから現代日本でも橋下徹みたいなタレント議員がいくらでも生まれる。そんな時代だから、ヒトラーだって、当たり前のようにテレビ芸人やユーチューバーから権力を目指すのだ。

 

ヒトラーはほくそ笑む。国際情勢が不安定で誰もが社会に不満をもつこの時代は最高だと。そこかしこに争いの火種が無数にあり、みんなが「この道しか無い!」とはっきりと導いてくれる力強いリーダーを求めているのだ。だからヒトラーはいくらでものし上がれる。

 

ヒトラーが現代に蘇るというと荒唐無稽なブラックコメディのようであるが、ヒトラーという人物のもつ「人間的な親しみやすさ」という怪物性を描いたホラー映画でもある。

 

特に我々日本人としては「中東からの移民のせいでー」といってるドイツの人らを笑えない。日本人の中にも何かというと「中国人がー」とか「朝鮮がー」とか言っている人が大勢いる。こういう人らを束ねて「うんうん、わかるよ、じゃあ純血の日本人だけで、美しい日本を作ろう!」と力強く訴える人が出てきたとしたら?いやいやいや、冗談じゃない!

 

そしてこれを執筆している明後日には、運命的な選挙を控えている。この選挙の結果如何によっては、日本国民は現代にヒトラーのようなものを蘇らせてしまうのかもしれない。そんな日を前にして観た『帰ってきたヒトラー』は僕にとってはホラー映画を超えたホラー映画だった。

 

選挙システムは、ヒトラーに対しては、あまりにも無力なのではないのか!?

 

もうあまり選挙まで時間も無いけど、よかったら日本人は選挙前に『帰ってきたヒトラー』を観て欲しい。そして本当に恐ろしいとは何だということを考えてみて欲しい。まあ、もちろん、選挙後に観ても構わない。

 

ちなみに、原作の小説はまだ読んでいない。映画版はドキュメンタリーの手法(ヒットラー役の俳優が、実際に街行く人にそのままの格好でインタビューを敢行するという方法で撮影している)も駆使して、かなり現実と虚構の境目があやふやに作っていた。それもあって、映画館が出てきたあとも、まだヒトラーが復活してきた世界にいるように錯覚したものだ。

 

映画ではヒトラーという有名人がタイムスリップしてきたみたいに、実に分かりやすい話になっているけれど、現実の世界では、誰も過去から蘇ったりしてきていないのに、社会そのものがタイムマシンに詰め込まれて過去に送られようとしてるみたいだ。恐ろしい。

 

日本もドイツも70年前と同じことを繰り返すのだけはダメだ。

 

現代に帰ってきたヒトラーはこういって皆を扇動する。

 

「次こそは上手くやってみせる!」

 

歴史に学ばない姿勢の最たる言葉!!!

帰ってきたヒトラー 上下合本版 (河出文庫)

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ヒトラー ~最期の12日間~ Blu-ray

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 『帰ってきたヒトラー』にはこの映画のパロディがある。動画で流行った総統が怒るシーンだ。


総統閣下シリーズ元ネタ 一部公開3.webm

こういうシーン。

 

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

劇画ヒットラー (ちくま文庫)

 

 水木しげる先生のマンガはヒットラーの一生を学ぶ上でいちばん手っ取り早い!これもヒットラーをひとりの人間として描いているので等身大なおっさんとしてイメージしやすい!ものすごく細かく調べて描いていて感心する。

 

moteradi.com

 

 

松屋のカレーはいったい誰得に作られたものなのか問題

6年か7年ほどまるでぜんぜん近寄らなかった松屋に、この一ヶ月足らずのうちに3回も行ってしまっている。なんでかというと生ビールが150円(2019年の現在は180円)で飲めるからというのとジェフグルメカードが使えるという理由でだ。

 

ちかごろは個人的な事情でジェフグルメカードが使える店というのを調査していて、その一環として居酒屋としての松屋の利用を試していたのだ。結論としては吉野家のアピールする吉呑みよりは随分と可能性はある。元からテーブル席が多いのも便利。

 

150円の生ビールは、小さいジョッキで供されるが、2杯飲んでも300円なので、そのへんの立ち飲み屋くらいのパフォーマンスはあるといえる。少なくとも吉野家には勝っている。メニューの豊富さは言わずもがな。瓶ビールではなく、生ビールを頼むリスクは常に付きまとうが(実際すごく不味いのを出されたこともあった)そのリスクは吉野家とて同じである。

 

さて、飲み屋としての松屋は後の研究に譲るとして、その調査の過程で、松屋のチキンカレーを食べてみたのだが、これがすこぶる美味しくなかったというのが今回のテーマだ。

 

松屋のような駅前立ち食いそば的ファストフードスタイルの店におけるカレーってのは、よくいえば最大公約数で当たり障りのない味、悪く言えば辛いのか甘いのかはっきりしない味。そういうのが僕の中でのイメージだった。いってみればレトルトのカレーなんかがそれに近いし、とりたててカレー専門店でもない店では、市販のレトルトのカレーを使っている店だってけっこうある。

 

だから松屋のカレーもどうせそんな感じであろうと高をくくって注文した。ところがそんな期待というか予想は、完全に裏切られることになる。

 

まず、ルーが苦い。炒めた玉ねぎをうっかり焦がしたカレーみたいな苦味がある。なんだこれは。

 

そしてけっこう辛い。僕は激辛で有名なラーメン屋の中本を初訪問した時に、最高峰メニューの北極ラーメンを平らげた。その程度には辛味に強いほうだ。ようするに辛いのが嫌いな人類ではない。その僕がちょっとイライラするくらい松屋のカレーは辛かった。

 

そして他には甘味がある。それ以外はさほど味がしない。要するに苦味と辛味が突き出てるくせに妙に甘いカレーというのが松屋のオリジナルカレーの正体だった。松屋みたいな店でこんな尖ったカレーを出されるとは思ってもみなかった。

 

さらにいうと松屋のカレーには味噌汁がついてくるのだ。これも曲者だった。松屋の辛味が突出したカレーを食ったあとに味噌汁を飲む。するとどうだ。

 

「ま、まったく味がしない……」

 

カレーの辛味で麻痺した舌で、味噌汁のダシの旨味を感知するのは不可能だった。なんのために味噌汁つけてくれてるの!?いや、サービスでつけてくれるなら、つけてくれないよりはマシだけど、付け合せの味噌汁の味がしなくなるような味付けのカレーを開発するセンスは只者ではない。

 

そしてもしかしたら松屋のカレーは苦味と辛味と甘さ以外にも、ダシの風味とか旨味があるのかもしれない。でも辛味で全部かき消されているのかも。だって味噌汁の味だって感じなくなるのだから、仮にカレー自身に味があっても絶対に認識できないだろう。激しい辛味の中にもしっかりと旨味を感じる食べ物だってあるなかで、完全に旨味や風味を消してしまうタイプの辛さとは一体なんなんだろう。決して辛さ度合いの大小ではない気がする。それにしても、付け合せの味噌汁の味も消して、己が自身の味付けもわからなくするなんて、とんでもないカレーだ。なんちゅう攻撃的なスタイルだろう……。

 

そんなわけで「苦くて美味しくないからもう松屋ではカレーは食べたくない」とTwitterで発言したところ、「あんなまずいものを食べるなんて!あんたが悪い!」という意見と、「自分は松屋のカレーが好きなのにショック!」という真っ二つの意見をいただいた。やはり松屋のカレーがとんがった味なのは間違い無さそうだ。好きな人には好きな味ではあるのだろう。

 

でも残念ながら僕が至上とするのは「辛いのか甘いのかよくわからないはっきりしないけどなんとなくスープ的な旨味は感じる」といった類のカレーだ。平凡な味みたいな表現をなされることもあるが、意外とこれはこれで中々出す店は無かったりする。CoCo壱番屋のルーはそれに近いだろうか。だからといって、とんがった味は絶対に嫌かというと、決してそうでもないかもしれない。本場っぽい各種インドカレーなんかは好きだし。でも松屋のカレーみたいな、辛くて苦くて甘味のあるタイプはごめんである。甘ったるいタイカレーが最も苦手なんだけど、それよりは松屋のカレーはまだ食える。あくまで食えないこともないって程度。でもわざわざ店に足を運んでまで、苦くて辛いカレーを食いたくはない。

 

そしたら「苦いのは店舗のせいでは?」という意見をいただいた。たしかに。僕が食べた店舗の調理で、たまたまカレーを焦がしてしまったとか?チェーン店だからといって、そういうミスが絶対にないとは言えない。何しろ、こちらは一回しか食べたことがないのだし、あらゆる可能性は考慮するべきだろう。

 

だからもういちど、べつの松屋店舗を訪問してカレーを頼んでみた。また味噌汁が付いてきた。そらそうか。前の時に学習しているので、最初に味噌汁からいただく。うむ、ちゃんと味がする。味のない味噌汁なんかでは無い。で、カレーを食う。やっぱり苦いやんかこれ!

 

松屋のカレーが苦かったのは、店舗の調理のせいとかではなく、松屋カレーの公式の味付けだったようだ。そして味噌汁を飲む。もう舌に味噌汁の味を感じない!やっぱりか。

 

しかし今度は水を飲んで口の中を洗うという技も身につけた。こうすると味噌汁の味が復活してくる。松屋のカレーを食べるときは、付け合せの味噌汁の前に必ず水を飲むこと。少し賢くなった。でも、カレーを食べながら水を飲んでカレーを食べるのは無理だから、松屋のカレーの旨味とかがあったとしても、永遠に知覚することは出来ないのだ。

 

それにしても、松屋のオリジナルカレーとかいうやつは、つくづく人を選ぶ代物である。間違いない。そして今回の二度にわたる調査で、僕にはとうてい無理な味だとわかった。八回くらい調査したら洗脳されて美味く感じるようになるかも?でもいやだ。あと何回もコレを食いたくはない。

 

しかしここでさらに意見をいただいた。

 

「松屋のカレーが苦手な人でも、新しく出たグリーンカレーは美味いで」

 

なんてことだ。また試さなくては。

(追記:けっきょく食べないうちにグリーンカレーは無くなってしまった)

 

(追記2:現在は味が変わっていてこの時ほど尖ってない!!!)

 

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ウン年ぶりにワタミに行って考えた大手チェーン居酒屋コスパ問題!?

イラストレーターで漫画家でフリーライター村田らむ氏が「たまにワタミを利用すると美味しいよ」とTwitterで教えてくださったので、そういうえば何年もワタミを毛嫌いして近寄らなくなってたけど、そろそろパトロールに行ってみても良いなと思ったので行って来た。

禁断の現場に行ってきた! !

禁断の現場に行ってきた! !

 

 久しぶりに入った最寄りのワタミ店はすごく空いていた。まあ、日曜日の夜という、かなり空いてそうな日を狙ったのもあるけど、全体的に客数は減っていっているのだろう。かなり店舗数を減らしたと聞くし。

 

ワタミのメニューも最後に見たのはいつだっただろうか。その頃は看板はブラックではなくて赤かったはずだ。その頃にくらべたら、ずいぶんとシンプルなメニューになった気がする。気のせいかも。とくに目を引くメニューは無い。特徴の無い店になったもんだ。

 

注文したのは大瓶ビールと、サラダと、ほっけと、唐揚げ。大瓶ビールは税抜きで520円なので餃子の王将で飲むよりは少しだけ高いかんじだ。気になったのはサントリーモルツになっていたこと。前はたしかキリンかアサヒだったはずだ。これも経費削減だろうか。

 

注文をするときに、お通しカットを言っておくのを忘れない。こうしておかないと自動的に人数×250円(税抜き)を徴収されるので気をつけよう。

 

あと、この日のためにワタミフーズの株主優待券も用意した。どれだけワタミに行くのを楽しみにしてたのかと。金券ショップで500円分が200円だった。二人で利用したので2枚使用可能だ。これだけで600円ぶん安く利用できることになる。

 

お通しカット+株主優待券で、ひとりあたま1200円程度で飲み食い出来たので概ね満足できた。これくらいならとくに言うべきこともない。しかし繰り返すけれど特徴のない店になったものだ。せいぜいホッピーセットがあることくらいだろうか。実は関西ではホッピーセットのある居酒屋はそんなには多くない。

 

ずっと毛嫌いしてきたワタミだけど、こうして敷居をまたいてしまうとふっきれたものがある。次にワタミグループ券を安く仕入れることが出来たら、今度はホッピーを飲みに行くかもしれない。

 

ワタミに近寄らなくなったもっとも大きな理由としては、どや顔のワタミ元会長のサイコパスっぷりと、従業員虐待事件でブラック企業の代名詞になったことが大きい。お金を払って外食するなら、そういうところにはなんとなく行きにくい。たとえば、すき家なんかも、何年もご無沙汰してしまっている。

 

もうひとつの理由としては、ワタミの価格帯が昨今の相場に見合わなくなってきたというのもある。ぶっちゃけていうとワタミは普通に使うにはコスパが良くない店だからだ。これでも昔は安い方のお店だった。しかし気がついたら、まわりがどんどん安くなって、ワタミはとりたてて安くなくなっていた。かといって、何かとくべつに美味い料理があるとか、便利なサービスがあるわけでもなく、ただただ中途半端な使い勝手しかない店になっていた!ワタミの業績が大幅に下がったのもイメージ問題だけじゃなかったかもしれない!

 

この手のチェーン居酒屋は、笑笑であろうが、八剣伝であろうが、村さ来であろうが、基本的にはこの数年来、ほとんど立ち入ってない気がする。こんなところで飲むくらいなら、餃子の王将で飲んでいたりする。あとは立ち飲み屋とか…。大手居酒屋チェーンで、利用していなかったのは、ワタミグループだけではなかったことを白状してしまった。

 

もしかしたらブラック云々は建前で、コスパが悪いのが、僕がワタミに行かなくなった最大の理由だったのかもしれない。

 

ワタミなんかの居酒屋の平均価格は飲み物も含めて一品あたり500円をちょっと超えるくらい。それに比べると均一価格を売りにしている鳥貴族なんてわかりやすくて税込みで300円ちょっとだ。はっきり高いのをわかってもらえると思う。さらにお通しも取られてしまうという凶悪さ。まあ、このお通しというのは、前述したとおり、カット出来るのが知られているのだけれど。でも鳥貴族には最初からお通しシステムは無い。

 

大手チェーン居酒屋で利用していたのは養老乃瀧がやっている一軒め酒場だけだったりする。こちらは一品あたり100~300円だから鳥貴族なんかよりもさらに安いのだ。お通しシステムも最初から無い。大手チェーン居酒屋では奇跡のような存在といえる。とくに大阪の天満店は、通常は税抜き450円の大瓶ビールが税抜き350円なのだ。そんなのアリかと思うけど大阪だけはアリのようだ。

 

あとはせいぜいマルシェグループの居心伝と酔虎伝くらいか。こちらをなぜ利用していたかというと、やはりマルシェ券という存在が大きい。マルシェ券とは株主優待券である。これを使うと安く飲める。気になる人は金券屋で探してみよう。とくに居心伝は最初からお通しがない居酒屋ブランドなのでそれなりに安く飲める。酔虎伝であっても、お通しカットを申し出れば、それに次ぐパフォーマンスになる。酔虎伝ではお通しカットを申告するのをわすれずに!

 

しかし酔虎伝も京橋店(ものすごい街外れにある)だけは最初からお通しが無かったりする。それだけではなくて、おつまみも200円程度のものばっかりだったり。そもそもマルシェグループのメニューとか使ってなくて、店に貼りだした紙とか黒板のメニューしかない!そんなのアリかと思うけど大阪だけはアリのようだ!

 

そんなわけで、大手チェーン居酒屋でも、一軒め酒場天満店と、酔虎伝京橋店だけは、自分の中でも特別なお気に入りの店だったりする。本当にすごいので、希望する人がいたら案内してもよいけれど。

 

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マクドナルドで不味いバーガーを食わされる理由がわかってきた!?

ギガマックことギガビッグマックが調子が良いみたいである。けっこうな人がギガマックを食べたんではないか。

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僕も前回はこのようなギガマック体験記を書いたくらいだ。そしたらまわりでも、久しぶりにマクドナルドでけっこうな金額を払ったという話が出てくる。やっぱりみんな気になっていたようである。プロモーションとしては成功だったのだろう。

 

その結果出てくるのは、新メニューが「美味かったよ派」「不味かったよ派」だ。そりゃまーそうなんだろうけど、こういうプロモーションでマクドに足を運ぶ人というのは、もともとマクドナルドの味が好きな層には違いない。何かの事情で何年もマクドナルドから離れていたとしても、「新しいの出たのなら久しぶりに行ってやろうかな?」と思ったような人間だ。だから「不味かったよ派」を、正確に表現するなら「期待したマクドナルドの味になっていたとは思えない派」とも呼べるかもしれない。

 

だから「だいたいマクドナルドのハンバーガーなんて人の食べるもんじゃ無いんだよねー」とか、ことある事に言ってくるような人間は、この場合はお呼びではないわけだ。それだけはキッチリしておきたい。

 

ギガビッグマックの件だけど、周囲の否定的な意見の聞き取り調査をしていくと、おおよそ2つの理由によるダメ出しに大別される。あるいは両方の意見をもった人も多い。

 

「740円は高い!高すぎる!」

「グチャグチャで美味しくなかった」

 

僕なんかは味には文句が無かったが「740円が高すぎる」という派だった。厳粛な気持ちで試食した結果の感想としては、740円も出すようなハンバーガーにはとうてい思えなかった。

 

これに対して「グチャグチャで美味しく無かった」というのはどういう理由によるのかと調査をしていくと、バンズがソースでぐちゃぐちゃになっていて、非常に不味い状態になっていたというものだった。ハンバーガーというのは、というかサンドイッチ全般に言えるのだけど、パンの部分はカラッとしてる方が美味しい。ここが水分に侵食されすぎると、サンドイッチちゅうものは、美味しくいただけないことが多い。

 

僕が食べたギガビッグマックは、ソースもレタスも適量に入っており、バンズが侵食されるなんてことは無かった。これがゆえに、僕は「大きいビッグマック」あるいは「大きいメガマック」として清く正しく味わうことが出来たのかもしれない。それに対して「グチャグチャでひどかった」という感想をもった人は「ビッグマック+グチャグチャ」なバーガーを食べたことになる。

 

前回の記事で「マクドナルドのソースや野菜は無料で増量が出来る」と書いた。「グチャグチャで不味かった」という感想を述べた人が、もしソースや野菜を増量しておいて「グチャグチャだった」というなら無視するしかない。しかし、グチャグチャなバーガーが嫌いと言ってる人が、そんな注文していたら統合失調症みたいなもんなので、それはあり得ないと思う。

 

じゃあ考えられることは、美味しくなかったと評価されたギガビッグマックを提供した店舗の店員が適切なソース量を理解せずに、普通の注文したお客にも増量クラスのソースや野菜をブチ込んだということになる。

 

逆に、僕が食べた店舗、あるいは店員は、ギガビッグマックに適切なソース量をキチンと理解して、その通りに作ったわけだ。だからグチャグチャになってなかったし、味に関してはキチンとしていた。

 

マクドナルドに店ごとの味の違いがあるのか?

 

ある。これは声を大にして言いたいが、あるのである。というか、普通は、どんなチェーン店でも、店舗ごとに味というのは違うものなのだ。人間がやってることだから当然のことなんだけど、なぜかこの問題は人々の中から無視されやすい。


「チェーン店は同じ食材・同じマニュアルでやってるのだから、どこでも同じ味です!」これはあくまで店側のお題目に過ぎなくて、調理の上手い店員と下手な店員はどうしたって存在する。そしてセントラルキッチン方式による同じ食材というのだってあくまで理想に過ぎなくて、さまざまな都合により、材料の仕入先だって店ごとに違ってきたりする。


同じ看板を掲げていても、直営店とフランチャイズということでもかなりやり方は違う。フランチャイズによっては程度は自由裁量が認められている場合もあって、そうすると料理提供にもかなり独自解釈が入ってたりする。


だから、僕らがチェーン店の評価をする時は、あまり看板でひとくくりにはせず、餃子の王将天六店の味は……とか、天下一品寝屋川店は……とか、そういう厳密さで臨むようにしている。わかる人にはわかってもらえると思うけど、わからない人には「は?」という世界かもしれない。


そこでマクドナルドである。これだって他のチェーンに対して例外ではなく、あくまでマクドナルドも店単位で語られるべき存在だ。しかしこれまでマクドナルド〇〇店は良いというような話が、あまり聞こえてこなかったのは、良くも悪くも店ごとの味のブレを客に意識させないくらいの精度を長年にわたって保っていたからに他ならない。マクドナルドってのは、マズイときは全店にわたって不味かったし、美味い時はほぼ全店で美味かったのだ。そういう印象は確かにあった。


しかし、現時点では、先に述べたような「ギガ・マック問題」とも呼べるようなものが発生してしまっている。これはなぜなのか。


ひとつの記事がヒントを与えてくれた。

blog.shinma.tokyo

これによると、ある時点から、マクドナルドは直営比率を下げて、フランチャイズ比率が上がってるらしい。フランチャイズっていうのは、さきほども述べた通りチェーン形態の中でも、独自解釈が入りやすい営業形態である。ましてや、何十店舗も束ねているような力のあるフランチャイズが出てくると、本部に対して発言権をもったりすることもある。そうするとむしろ積極的にマニュアルを改変したりといった事さえ起きる。


そもそも、日本マクドナルド自体が、アメリカのマクドナルドに対して大幅な独自裁量を認められてる組織だということを思い出して欲しい。日本のマクドと、アメリカのマクドは、メニューが違うのだ。日本マクドナルド内のフランチャイズ店舗比率の増加によって同一クオリティの維持が難しくなっているという分析は、将来的に味やサービスのバラつきが今より激しくなるかもしれない可能性を示唆している。「どこのマクドナルドで食べるか?」が重要になってくる時代がくるかもしれない。


僕にとってはチェーン店の統一性というのはあまり興味がないので、どんどんやってくれと思ってる。不思議なもんで、店ごとにブレの激しいチェーンほど客を惹きつける場合もある。厳密にはチェーンではなく暖簾分けだけど、たとえばラーメン二郎とか。あれも店ごとにファンがついていて、自分の贔屓の店以外をものすごくこき下ろしてみたりとなかなか楽しい。


いずれマクドナルドでも、〇〇店オリジナルバーガーとか出てきたら面白いのではないか。(〇〇店オリジナルセットみたいなのは昔からけっこうあったけど)


マクドナルド淀屋橋ネクスト1店のチーズバーガー……ありゃ良い味出してたぜ」


なんて話を出来るようになったら素敵ではないか。本部による支配体制の低下は、ただ単に不味いバーガー食わされるというマイナスだけではないと思うのだ。鉄壁のチェーン体制にカオスが生まれれば、出し抜こうとするフランチャイズだって登場する。イチ消費者としては、あらたなマクドナルドのあり方に期待せずにはいられない。


ちなみに、淀屋橋ネクスト1店のチーズバーガーが良い味出してたのというのは実話だ。ここが直営店なのかフランチャイズなのかは知らない。しかし個人的にここ十年でいちばん美味いチーズバーガーだったのは間違いない。閉店間際に注文した奇跡だろうか。


関係ないけど、生活圏内に、バーガーキングが欲しい。高いからそんなに食わないだろうけど。

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ギガマックこと、ギガビッグマックが740円もしたけど、高いのか安いのかわからなくなった!?いや、やっぱり高いだろ!?単品なのにセット価格!?

日本から撤退する勢いのマクドナルドが久々に注目されていた。

ビッグマックを超えるビッグマック、グランドビッグマックと、それをメガマック化したギガビッグマックというやつが発売されたからだ。

なにがグランドなのかというと、バーガーのサイズが大きいらしい。とするとクォーターパウンダー系のあれか?と思ったが、どうもそれではなくて、単純にビッグマックがでかくなったものらしい。

じゃああまりたいしたこと無いんじゃないかと一瞬思ったけれど、ビッグマックはあれはあれでマクドナルドの長年の王様的なメニューだし、バーガーキングのワッパーじゃ満足できず、ビッグマックしか受け付けないという中毒者までいるわけで。

いいちこんな話題になっているということはやっぱりそういうことなんだろう。これまでもダブルクオーターパウンダーwithチーズという最高峰バーガーがずっとレギュラーメニューに存在していたのに、誰も特に話題にしてなかったわけだし。

この僕だってダブルクオーターパウンダーの実力は認めつつも「その値段出すならバーガーキング行くなあ(でも近くにない)」と無視を決め込んでいた。

しかしダブルクオーターパウンダーでもない、メガマックでもない、新たなデカイビッグマックの登場となれば挑戦してみたくなった。聞くところによると値段は740円もするらしい!

ここで怯む。ただ、新しいビッグマックを食べたいだけなら、グランドビッグマック520円という手もあるのだ。事前情報によると、どうもコレでもニュアンスは十分伝わるらしい。というか二段重ねのメガマック状態のギガビッグマック(ギガマックと言っている人もいるが正式名称はギガビッグマックだ)よりはバランスが良いとも聞く。

店の前まで悩んでいた。でもマクドナルドで500円も払う時点で、毒を食らわば皿までである。

「ギガビッグマックください」

注文してしまっていた。そして740円ですと言われてお金を払う時点でちょっと震えてきた。

740円!!!

セットでもないのに!!!

 

マックダブルが無くなってから、めったにマクドナルドなんか行かない僕である。

たまにいってもチーズバーガー120円とかしか頼まない僕である。

 

それが740円!!!

 

「ギガマックお待ちのお客様ー」

 

あ、公式でもギガマックって言うんや…とか思いながら受け取る。ずしりと思い。740円も払ってハンバーガー1個……。金塊でも渡されたような錯覚すら覚える。

 

そんな金塊バーガーを抱えるようにして大事に家に持って帰った。

 

 

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 ハンバーガー1個なのになにこのでかさ!!!

セットちゃうねんで!!!

ちょっと前に話題になったビッグブレックファストとかいうやつだってこんなデカい袋じゃなかった気がする。(それにしてもあれはしょうもなかった)

 

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取り出してみるとそれほどでかくない。不思議なもんである。いよいよ開封の儀をとりおこなう。厳かな瞬間だ。

 

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おおっ!?

たしかに普通のビッグマックよりデカイ。

まるでワッパーだ。だったらワッパーを注文したらええじゃないかとなりそうだが、あいにく近所にはバーガーキングはない。

 

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まあ、なかなか良いんじゃないだろうか。

バンズがふっくらしてないけど、持ち帰り時間が少しかかってる(5分くらい)から、箱のなかで蒸されたのかもしれん。それなりに上手く作ったほうじゃあ?

 

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ポスターの写真もよくみりゃバンズがよれてる(気がする)。メガマックの時のことを考えれば、まずまずか。さすが1.3倍のパティ。

 

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まあまあそれなりにボリューム感がある。さすがワッパーと同じくらいの大きさ。ずしりとくる肉厚。ただし、肉はいつもの、パサパサするビッグマックのあれだ。でもかえってソッチのほうが良かったかもしれん。肉汁の多いハンバーグだと、重ねるとバンズがびちゃびちゃになって食えたもんじゃなくなるという悲劇があるのだ。

 

その昔、Windows7発売に便乗して、バーガーキングで777円払えば七段重ねのワッパーを食べれるという企画があった。僕は食べにいった。七段重ねのワッパーは、肉汁でびちゃびちゃになったバンズとの戦いだった。最後の方は完全に気持ち悪くなった。おかげであれからしばらくワッパーが食べられなくなったのだ。匂いをかいだだけでえずいて。あれほど大好きだったワッパーが。。。

 

それを考えれば、ビッグマックと同じパサパティを巨大化して重ねたのは賢明な判断だろう。味もビッグマックそのものだし。そこを変えたら意味がない。ビッグマック好きとしては、わりとアリといえる大盛り進化ではないか。だけど僕は同じお金を出すならワッパーの方が食べたいかもしれん。近所にはバーガーキングは無いけど。

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ギガビッグマックの正体は、清く正しくビッグマックのデカイものだった。本当に美味しく作られたビッグマックよりは劣るかもしれないけど、それなりにはちゃんとビッグマックの味だしそれなりに美味い。だけど食べ進めていくうちに飽きて放り出す。きたない絵面で申し訳ない。

 

これ連続で食べ続けるのはきつい。なんか息切れする。立て続けにビッグマックを口に放り込まれている気分になる。たしかにビッグマックでいえば3個ぶんに近い威力があるバーガーだ。本来はあんまり一気呵成に食べるものではなく、ポテトやなんかをつまみながらゆっくり食べ進めていくことを想定したメニューなのかもしれない。

 

でも単品で740円もするバーガーだ!しつこいようだけど!

 

740円から、ポテトとか、ジュースとか、つける元気がない。財布的に。だから、いったんかじりかけたものを放り出して、ただ息継ぎをすることにした。そして再び食べだす。

 

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で、完食した。感想としては、ビッグマックをいっぱい食った気分。ダブルワッパーチーズくらいの食いごたえはあるかもしれない。

 

でもこれで740円か。たしかに腹一杯にはなった。ポテトやジュースなんか必要ないことを考えれば、これひとつでセットみたいなもんと割り切ればアリなんだろうか。でも僕はここ十年くらいマクドナルドでセットでものを頼んだことがない。そして今回はこれを食いながら家にあったビールは飲んだ。

 

やっぱり740円も出してバーガー食うくらいなら、ダブルワッパーチーズを頼んだほうが……。

 

いや待って欲しい。ダブルワッパーチーズは単品で810円もする超弩級バーガーだ。

 

ファストフード店の単品メニューが810円!!!!どういうことやねん!!!!むかしからこんなに高かっただろうかバーガーキングは!!!!!そうなのだ、マクドナルドの高価格路線ばっかり取り沙汰されているが、バーガーキングもいつのまにか、どえらい高いバーガーを平気で販売する店になってないだろうか!?なぜマクドばかり叩かれるのか!?

 

だったら740円というギガビッグマックはありなのでは。むしろ、かなり安く思えてきたんではないだろうか。ビッグマック好きだったら、ワッパーより断然ギガビッグマックだろうし。

 

でもまあ、僕だったら、次はダブルワッパーチーズの方が食べたいかもしれない。近所にバーガーキングが無いけど……。

 

ひとつ後悔したのは、ギガビッグマックを全マシにして注文しなかったこと。マクドナルドはほとんどのバーガーで、野菜や調味料の量を無料で増やして貰えるのだ。注文するときに「ゼンブゾウリョウデ!」の呪文を唱えればオーケー。

 

せっかくのギガビッグマックなのだから、野菜とかソースとかピクルスとか増やして、バンズまでギトギトにしてもらえば、かえってせいせいしたかもしれない。

 

ちなみに、ワッパーで有名なバーキンで、野菜などを増量してもらう呪文は「オールヘビーで」だ。覚えておこう!

 

映画『スーパーサイズ・ミー』にも登場したビッグマックのギネス記録保持者のドン・ゴースクさんは、ギガビッグマックは気に入ってくれるだろうかとかふと思った。もしかしたらワッパーのサイズに擦り寄ったビッグマックなんか嫌かもしれない。サイズや味すべてが理想だと言っていたくらいだし。

 

スーパーサイズ・ミー [DVD]

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グランドビッグマック520円の試食は……。必要ないか。それだったら、ダブルクオーターパウンダー・チーズを食べたいかもしれない。 同じ価格だ!

プロが教える!?良い居酒屋(飲み屋)の条件とは!?

来る日も来る日も、「良い居酒屋とは何ぞや?」と自問自答しつつ、暇を見つけては日本中を探索しまくっている酒場客のプロである僕が、良い店の判断の仕方をみなさんに教えようと思う。

 

良い居酒屋の条件は簡単だ。単純明快。たったひとつのルールで決まる。

 

つきだし料、席料、お通し、テーブルチャージ。そういうものが一切無い店だ。

 

たとえばある店で、生ビールが400円だとしよう。そしてポテトサラダが300円としよう。生ビールを飲んでポテトサラダをつまむ。そして店を出る。

 

お会計が1000円也……。どういうことだ!?なにが起こった!?時間でも止められたのか!?

 

いやいや、落ち着いて欲しい。これが計算間違いとか、伝票を取り違えたとかで無い限り、理由はたった一つしかない。つまり、注文したもの以外に、つきだし料ってやつが300円プラスされていたのだ。

 

そういえば、生ビールを注文したときに、なんだか妙な小鉢がついていたような…と思い当たるフシがある。たいしておいしくも無かったけれど、サービスか何かと思ってパクパク食べてたけど、あれ、しっかりお金を請求されていたのですな。

 

僕はもう二十年やそこら、居酒屋やバーや立ち飲み屋なんかでお酒を飲んできたが、あのつきだしシステムだけは未だに我慢が出来ない。なんで注文したもの以外のものが強制的に出てきて、謎の料金が税金みたいに上乗せされるのだ。この不可解な因習のせいで、居酒屋とかバーというやつが、安心して飲み食い出来ない空間になっていた。

 

お酒関係で、初めて入る店が、なんだか怖い感じに思えるのは、それが大きいんじゃないか。これだけいろいろの店に行くようになっている僕だけど、はじめて入ったお店で会計するときにはちょっぴり緊張がある。

 

長年の経験から、テーブルチャージがつくかつかないかは予想つくのだけど、それでも余計なお金をつけられると「ああやっぱり」とか思うし、意外に注文した値段だけだったりすると「ほっと」したりもする。

 

たかだか数百円なんだからいいやんか、と言われるかもしれない。でも本当にいいのか?

 

たとえば喫茶店で500円のコーヒー飲んで出ようと思ったら、700円を請求されたらどうします?600円のお好み焼きを食べたら900円請求されたりしたら?

 

普通はありえないことだけど、お酒を飲む店では普通にありえることなのである。しかも、500円とか600円とかではなくて、数千円ぶんも飲み食いすることだって普通にある居酒屋なのに、さらに余計にとられるって、一体どういう理屈なんだろうか。

 

ショットバーなんか行こうものなら、ちょっとピーナッツかじっただけで700円とか上乗せられる。しかもそんな店ではお酒だって一杯700円とか1000円とか普通にするのに。下手したらテーブルチャージとして、数千円もとられる店だってある。ただ、その店に居たというだけで…。

 

そういう店の特徴としては、外に出ているメニューや看板などには、テーブルチャージとかつきだし料についての表示が無いのが常だ。だから騙し討ちみたいな形で徴収されるわけだけど、そのときに慌てず騒がず「あ、そんなもんか」という顔して、さらりと支払えるのが大人の客とされる。決して「ビール一本でなんぼやねん!どういう計算やねん!」などと騒いではいけない。

 

だから僕も「あ、2700円ね」なんて、大人の顔してさらりと払ってきたわけだけど、計算の合わないお店に対しては、腸が煮えくり返っていたというのが本音だ。つきだし料とかテーブルチャージといったものをとる店で、これはと思える店というのは、20年くらいの経験の中で数えるほどしか巡りあったことがない。

 

よっぽど居心地の良い空間を提供されるとか、よほど凝ったつきだしを出してくれるとかでしか、数百円の強制徴収の埋め合わせは出来ないのではないか。選択肢があまりないような土地だったら、最終的な支払いが「それなり」なのを知っていたら、「まあ、分かってて行ってるし、しゃあない…」みたいな。

 

極稀に、つきだしだけで、酒の肴が完結してるような店もある。押し付けがましく出てくる小鉢とかピーナッツなんかいうのじゃなくて、それだけで自動的に酒を何杯か楽しんで、追加の料理なんてほぼ必要がないというような。あれこれ口出ししなくても、ひとしきり楽しんで、二千円だの三千円だの払って帰るというような。これはこれで大人な空間という気はする。

 

しかし、こんなのは本当に稀な話で、酒を飲んだ客への税金のように、単に人数分のつきだし料を徴収したいだけの店がほとんどだ。

 

つきだし料をとると、それがたとえ300円でも、客単価の底上げになるから良いってのはわかるんだけど、それなら飲食の値段に最初から盛り込んで勝負して欲しい。

 

ビールが500円の店で、ビール三杯飲んだら1500円だ。

 

ビールが400円で、つきだし料が300円の店で、三杯飲んでも1500円だろう。

 

後者の店で四杯目を飲めば1900円で、ビールが500円の店なら2000円だ。逆転する。

 

しかしそんな問題じゃない。

 

ビールが500円の店ならばビールを一杯飲んで、500円だけ払って帰る自由があるのだ。

 

つきだしを取られる店なら800円払って帰る以外の選択は無い。

 

つきだしの無い店では、ビールを3杯飲んで出ても1500円。3日にわけで飲んでも1500円。

 

300円のつきだしのある店で400円のビールを1杯づつ3日間飲んだらどうなるか。おそろしいことに2400円。

 

つきだしの店には自由なんてない。3杯は飲んで帰らないと損してしまう。

 

あと、大勢で飲んだ時の、割り勘にも大いに影響するのがつきだしというやつだ。だから宴会の多い居酒屋チェーンなんか、積極的につきだしシステムを採用している。頭数が増えれば増えるほどに美味しいから。最近は不景気で、つきだしシステムを採用しなくなってきた居酒屋チェーンも多いけれど。不景気は嫌だが、それについては喜ばしいことではあるかもしれない。

 

あと、大手居酒屋チェーンのなかには「つきだしは要らないです」というと、つきだし料金をカットしてくれるところがあるけれど、そういうことはメニューの端に小さく書いているだけだったりする。何もいわなければ強制的に出てくるわけで、やはり騙し討ちでしかない。「もっと正々堂々と商売できんのか!?」と思ってしまう。

 

繰り返していうが、食べたくもない小鉢に300円取られるなんて、バカにかかる税金以外の何者でもない。

 

しかし、ちょっとした小鉢とか、お菓子とか、出してくれて、つきだし料なんか一切とらないというような神様みたいな店も世の中にはあるから油断できない。こういう店にあたると、店主の心意気というか、情というか、ちょっとほだされてしまいそうになる。

 

それどころか、大瓶ビールを300円で提供しつつ、おつまみのお菓子をいちいちくれるという奇跡のような立ち飲み屋も世の中には存在していたのだ。どこのスーパーを探しても、大瓶ビール300円で売っているとこなんて無いはずだ。あまつさえ、大瓶ビールを注文するたびに、柿ピーの小袋を2つくれていた。

 

どんな福祉事業!?

 

その店がどうなかったかというと、一年前くらいに閉店してしまった。けっきょく全体で2年くらいしか営業してなかった。そらそうか。

 

上のような例はやり過ぎかもしれないが、とにかく、良い居酒屋の条件とは、「つきだし料をとられない」ということにつきる。

 

なので、いちどそういう観点から、居酒屋を評価してみることをオススメする。

 

少々メニューの値段が高くても、騙し討ちみたいなつきだし料をとってない店というのは、やはりそれだけ信用できるところが多いもんだ。

 

それにしたって、つきだしとかお通しみたいな、飲食店の古い因習にはもやもやする。一見、安い看板で釣っておいて……というのが、あらゆる商売でまかり通っていないだろうか。なんなんだろうか、このアンフェアさは。

 

ワタミグループの店と、酔虎伝、八剣伝などのマルシェグループは、「お通しカット」という呪文を使えば、お通しをカット出来ると公式にあるので、どんどん使っていこう。日本から騙し討ちの風習がなくなることを切に願っている。外国人観光客からの受けも悪い!

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大阪府民に大阪都構想支持者は少ないという現実

橋下大阪市長大阪都構想の是非を問う第一段階である大阪市解体についての住民投票が5月17日に行われた。結果はみさんご存知の通り、僅差で反対票が上回り大阪市解体は阻止された。

 

大阪府民ではあるけど、大阪市民では無い僕にとっては投票権の無い選挙であったので、完全に蚊帳の外におかれたわけだけど、毎日のように通っている大阪市のことであるし、大阪都構想自体が大阪府全体に多大な影響を及ぼすものだ。なのに大阪市民にしか選挙権が無いという理不尽さがまずそもそも気に入らなかった。そして今回の住民投票のルールは特にとんでもなかった。

 

投票率に関係なく賛成(あるいは反対)が一票でも多ければ選挙が成立する。」

 

これは酷くないか?

 

大阪の未来を問う選挙なのに、大阪市民しか参加が出来ない上に、投票率如何にかかわらず成立してしまうなんてあまりにも住民無視の「とにかく勝てばよかろうなのだ」式ではないか。

 

大阪都構想てなんやようわからん…」という人は、ようわからんがゆえに投票に行かない。「よくわからないものはとりあえずNO」なんて積極姿勢をもっている人なんてかなり少ないのだ。「興味ないわ」という人だって同じだ。興味ないものになんでわざわざNOを言うために選挙に行くのか。

 

それに対して「橋下さん信じている!橋下さんのいう都構想はきっと素晴らしい!」という考え方の人は、かなり高い確率で賛成に投じるために選挙に足を運ぶ。もし、こういう人が市民の過半数いたのなら仕方がない。本当は「府民の過半数」といいたいところだけど、仮に大阪市民の過半数が橋下市長についていきたいと意思表示したなら、不本意ではあるが、住民投票の結果として受け入れるしかないだろう。しかし実際は「投票のうちの1票でも多い方で決める」というルールなのだ。完全に大阪都構想に有利な状況での住民投票だった。

 

で、選挙の投票結果がどうなったか。投票率は約66パーセントという高い関心の選挙になった。そして結果としてはギリギリのところで反対が賛成を上回った。

 

これをもって市民の半分近くは橋下市長を応援していたんだなあ、などとぼんやりした感想をもつのはやめて欲しい。それだったら、先に述べた「都構想支持者の積極性」という原則を考えれば、住民投票は橋下派の圧勝に終わっていたはずだ。でも66パーセントの投票率で、なおかつ接戦だったというのが実際だ。

 

つまり大雑把にいって大阪市有権者の33パーセントが橋下支持で、67パーセントくらいは「橋下市長の構想をそないに評価しているわけでもない」層であると言える。そして67パーセントのうちの半分近くは「橋下市長の構想に積極的にNO」と言いたかった層である。

 

結論として、大阪都構想を支持したのは、大阪市民の半分どころか3分の1以下ということだ。

 

大阪府民だったらわかることだけど、橋下氏が大阪府知事に就任した2008年からこっち、別に大阪府民の暮らしも、大阪市民の暮らしも、目立って良くなったところとかは無い。それは「府知事だと満足な仕事が出来ない!」とか言いだした橋下氏が大阪市長に収まってからも同じだった。そのかわり橋下氏は、様々な施設や市民サービスの廃止には積極的だった。「これで府や市の赤字を解消出来る」とドヤ顔でアピールしていたが、住民にとっては、ただただサービスが悪くなっただけだ。それだけ市の収益を劇的に改善したと胸を張るのなら、その浮いた予算で、住民に対するサービスは向上出来たのではないのか。橋下市長になって劇的な変化があったことで思い出せるのは、地下鉄の廃墟みたいだったトイレが綺麗になったことくらいか。しかし同じ時期に、JRだって私鉄だって、トイレの改装はしていた。

 

そして挙句に言い始めたのは「大阪府大阪市の二重行政じゃ満足な仕事が出来ない!」だ。これが都構想の正体だ。

 

大阪府知事では住民を満足させる政治が出来ない。大阪市長でも住民を満足させる政治が出来ない。だから大阪市を4つの区分けにして、大阪都知事というものに収まらなくてはダメだ。そうじゃないと仕事が出来ない。

 

なんなんだろうかこれは。だいたい今の大阪府の知事は、橋下市長と古くから付き合いがあり大阪維新の会の幹事長という大親派ではないか。これ以上ないくらいのタッグチームだ。それでも大阪を良く出来ないというなら橋下は無能だし、無能でないならば、何らかの悪意があってやっていると解釈するしかない。

 

長い橋下政権下の暮らしの中で、そういうことを肌で感じてきた府民は少なくないはずだ。が、まだ橋下市長のイメージ戦略に夢を見ている人もいる。特に大阪とかかわりが薄い人に多いとみえて、選挙後は特に府民以外の声が強かったように思う。イメージ先行型の橋下政治ならではの現象ではないだろうか。

 

言っちゃなんだけど、橋下政治の中身の無さというのは、実際に関わっている人間にしかなかなか見えてこないと思う。しかし府外の声の煩わしたときたら。20代が70代の票に負けただの、大阪市の南北の地域差の意見の対立が、とかいう架空の話まででっちあげられて、府民としちゃあ不愉快な思いしかなかった。

 

そりゃ「改革者橋下vs老害抵抗勢力」という図式はマンガとしては面白いだろう。しかし大阪の住人にとったら、そんな面白い話でもなんでもない。映画やマンガみたいなストーリーは、大阪府内の現実には存在しなかったのだ。世代間闘争なんてものも別になかった。いつもの政治家の権力闘争があっただけである。

 

20代の票が、70代の票だけで覆されたとかいう印象操作はひどいものだ。ちゃんと計算した人がいたけど、20代の方の有権者は70代よりも多かったのだ。20代がいくら選挙に行っても無駄といかいう話も完全にデタラメで、もし20代の投票率がもっと高くて、賛成反対の比率がそのままだと仮定したら、選挙の結果は覆っていたそうだ。

 

しかしその仮定はあまり意味をなさない。なぜならば都構想の賛成者のほとんどは投票に行っただろうし、残りの有権者は「あまり興味が無い」あるいは「都構想というのはよくわからない」「住民投票を知らなかった」という消極的な層に違いないからだ。これが橋下政治のプロパガンダの現実的な限界だったわけで「浮動票も橋下支持者だったら」などといい出して良いならば、それこそ何でもありの世界になってしまう。

 

もうひとつ酷い印象操作は、大阪市の区による対立地図。あれも後でちゃんと実数を出したNHKなどの表を見ると、ほとんどどの区も拮抗していた。僅差で上回った意見だけを取り沙汰して「この区は賛成、反対」とレッテル貼りをしていたにすぎない。恐ろしいことだ。

 

そもそも世代間の意見対立や、地区による意見対立という解釈も、共にひどいレッテル貼りに違いない。例えば二十代のすべてが都構想に賛成で、七十代のすべてが都構想に反対なら、なるほどそういうこともあるのかもしれないが、二十代にだって都構想に反対していた人もいるのだ。逆に七十代にだって橋下支持者はいたのだ。そういう人の意見を無視してすべて世代で区切って、それぞれの多数派の意見でもってひとまとめにするというのは誰の断りをもってやっていることなのか。あまりにも乱暴極まりないやり方ではないか。

 

そういう口ばっかりの無茶なプロパガンダに「なるほどそうだったのか」と膝を叩いて安易に乗ってしまっている人が支持してるのが「大阪都構想」とか「橋下改革」とかいうものであると考えると、やっぱりどうしたって胡散臭い感じしかしないのだけど。

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ビールは時々刻々と腐っていく飲み物

ビールが好きと常々言っているけど、ビール飲みとしていちばん言わせてもらいたいのは、ビールは新鮮なものが一番であるということ。

 

ビール好きといっても、世界の津々浦々古今東西のビールを知り尽くしているわけじゃないから偉そうに言えないけど、少なくとも世間でもっとも流通しているラガービールに関しては新鮮なものが正義だと思っている。

 

つまりアサヒスーパードライとか、サッポロ黒ラベルとか、キリンラガーとか、オリオンビールとか、ハイネケンとか、バドワイザーとか…そういったみんながよく飲んでいるタイプのビールだ。

 

「一時間前は九時であった。一時間後は11時であろう。かくのごとく時々刻々われわれは熟していく。しかしまた時々刻々われわれは腐っていく」

 

ウィリアム・シェイクスピア『お気に召すまま』で道化師のタッチストーンのセリフであるが、ことビールに関しては、生まれた瞬間から腐っていくのみといっても過言では無いのかもしれない。

 

抜けるような炭酸。さわやかな麦の甘味。そして天然水でも飲んでるかのような爽やかなのどごし。そして後からじんわりと感じる心地よいホップの苦さ。

 

新鮮なビールの味の条件はたったこれだけだ。ビール工場で出来たてを試飲というと、たいていはこんな味なのだ。そういう味に近ければ近いほど、ビールとしては正解なのだ。

 

古くなったビールには、もちゃっとする苦味とか、へんな酸味とか、いろいろの味がベタベタと余計に張り付いてくることになる。時間の経過とともに、ビールの味は複雑みが増してくる。悪い意味で。

 

だからコンビニで買ったビールだろうが、居酒屋で出てきたビールだろうが、それが古いか新しいかを判断するのは比較的簡単で、味がシンプルなものほど新鮮だと思って結構なようだ。

 

昔は、そんな新鮮なビールを家庭で飲むことは不可能だった。しかし冷蔵輸送技術の向上がもたらした奇跡。スーパーやコンビニなんかでも、驚くほど新鮮な味のビールが飲めることがある。それこそ工場で試飲するみたいな。

 

たとえば昔だったらアサヒスーパードライなんて大嫌いだった。

 

美味しんぼ』じゃないけど、舌にスプーンを押し付けた味と言われたらなるほどと思うほどに変な味だと思ったもんだ。

 

それがである。何年か前にアサヒの工場で試飲してみたら驚いたことにけっこう癖のないスッキリした味わい。これがスーパードライの本来の味なのかと。

 

それから改めて缶でスーパードライを飲んでみたら工場で飲んだ味に近かった。じゃあ昔嫌いだったスーパードライってのは、ようするに半分腐ったようなビールだったのかなと思ったもんだ。

 

それからスーパードライは、特別嫌いなビールでも無くなった。居酒屋でメニューにあればそれで良いかなと思うほどには。

 

ちなみに今売っているスーパードライを、ずっと放置していたら、昔嫌いだった味になるのかどうかの実験はしていない。単にスーパードライ本体の製法が変わっている可能性も無きにしもあらず。そうだとしたら、アサヒも、かつてのスーパードライは不味かったってのを自覚していたということになるけど。

 

それはそうとして冷蔵輸送技術の向上で飲めるようになったといえば、生酒というのもある。生酒というのは、大雑把にいうと、日本酒コーナーで「要冷蔵」というラベルが貼ってあって冷蔵ケースに入れられているお酒のこと。あれは、かつては、酒蔵で飲むより他に仕方が無かったものだ。今では生酒なんて普通に酒屋で売られている。

 

火入れ処理をしていなくて酵母が生きている生酒はたしかに美味い。かといって火入れ処理して酵母の成長が止まっている酒が美味しくないかというとそうでもない。何を言いたいのかわからなくなってきた。だけど、やっぱり、酒だって、あまり置き過ぎると良くないだろうとは思う。

 

ビールだって今は加熱処理していない生ビール(ドラフトビール)が多いけれど、サッポロラガーのように、加熱処理しているビールだってまだまだ売られている。そっちもファンが多い。生ビールのサッポロ黒ラベル、クラシックな味わいの加熱処理のサッポロラガー。僕はどちらも好きだ。

 

 

 

なんだか益々よくわからなくなってきたが、どちらにせよ、ビールは早めに飲むのが一番である。冷蔵輸送技術の発展に乾杯である。

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警察官ってだけで市民よりも何段も偉い理由

moteradi.com

お久しぶりです。

 

ちょっとブログを書く暇が無かったので間があいてしまった。書きたいことはいっぱいあるのだけど、僕は夜しか書きたくない。しかし最近は夜の時間があんまり無くなってしまった。そしてその少ない時間にもビールをねじ込んだりして飲んでしまっては何かを書く時間が無いのも当たり前だ。

 

そしてもうひとつ時間が無かった理由が、さいきん本を何冊か手に入れて寝る前に夢中で読んでいたというのもある。

 

自分のやっているネットラジオでもさんざんに語ってけれど、『桶川ストーカー殺人事件』という本を読んでわなわなとなっていた。警察の横暴を綴った実録本である。なので、続けて、同じ清水潔記者の書いた『殺人犯はそこにいる』という本も注文して夢中で読んでいたのである。

殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件
 

 ここで詳しくこれらの本の内容を説明することはしない。前述のネットラジオを聞いていただければ『桶川ストーカー殺人事件』の本の概要は知っていただけるだろうし、『殺人犯はそこにいる』につても、また機会があればお話しようかと思う。

 

この両方の本に共通して徹底的に描写されているのは日本の警察の偉さである。

 

偉いといっても、偉大であるとか、立派であるとか、尊敬に値するなどといったものではない。

 

日本の警察は、ただただ偉いということだ。

 

警察がクロといったものはクロになる。そして警察が悪と決めたら最後、証拠がどうあれ悪なのだ。容疑者といっても、容疑者とされている根拠すら希薄な相手に、平気で拷問のような取り調べを行ったりする。そのうえで罪悪感もゼロ。疑われる方が悪いってなもんである。

 

警察官と関わりになって、多少なりとも理不尽な目に遭わされた経験のある人間ならば、おわかりかと思うけれど、一般市民としては警察に逆らうことなんてまるで出来ない。

 

そのほとんど逆らえない事に挑戦し続けているのが『桶川ストーカー殺人事件』や『犯人はそこにいる』の著者の清水記者である。それがどれだけの労力を払わなければならないことなのかは、著書の内容から切々と伝わってくる。そしてそれでも警察権力に完全に抗うことは無理なのである。

 

そもそもなんで警察官というのはこれほどまでに偉いのだろうかと単純に疑問だ。警察官だけではなくて、検察官も、裁判官もであるが。

 

ようするに、政府から、何某かの権限を与えられている機関というのは、それだけで偉いということなんだろうけど、権限というのはそれが大きければ大きいほど、行使には慎重になるべきなのが、本来のあるべき姿なのだと思う。ところが、その権限を、自らの利益の誘導に行使するならば、それはそくざに強大な権力になる。

 

人間はそれほど立派な生き物ではないから、わりと簡単に権限を行使したりしてしまう。だから日本という政府の中にはたくさんの権力集団がいて、お互いの縄張りを守るために睨みを効かせているというよろしくない状態が生まれている。その中でも警察権力というのは相当に強力であるし偉さの上位にいる。

 

なにせ前述の本の中にもあるのだけど、本部長クラスが登場すると、即座に会話の舞台が銀座の料亭とかになる。

 

我々は「県警のトップとかなんだからそらそうだろう」とか普通に考えがちだけど本当にそうか?

 

なんで「国の法律を取り締まる仕事を担っている組織のかなり上の方の階級にいる」というだけでそんなに優遇されなくちゃならんのか。ほとんどの国民が一生涯縁のないであろう銀座の料亭で接待されるのが、本部長なら当たり前というのは一体何なのか。

 

解釈としては、本部長なんてのは、警察という権力組織の大幹部であるから、たいへんな権力者であるから、これの機嫌を損ねてしまうととんでもない事になりかねないということだ。つまり、警察ってのは、与えられた権限を、好き放題に振りかざして当たり前、という感覚を国民が普通に共有しているってことだ。

 

だから、ちょっとでも利にさとい人間ならば、警察関係者を、平民よりも十段も二十段も上に置くわけだ。

 

まるで時代劇における牢名主である。

 

まあ、もっといえば、時代劇に出てくる奉行所の与力や同心なんかでもあるのだけど。

 

与力や同心ってのはお侍である。かつては、お侍は、農民や町民よりも上の存在として法で規定されていた。与力なんてのは、お侍の中でも上位に位置する旗本であったりするわけなので、農民にとっては神の如き偉さである。そういうのが規定されているのが身分社会である。

 

現代的な法律のなかでは、警察官は平民よりも偉い存在であるとはどこにも規定されていない。

 

ただ権限が与えられているに過ぎないのだが、その権限の行使によって、平民よりも常に上位に位置できるとしたら、それはもう平等でも何でも無いんじゃないかと思えるのだけど。

 

もちろん現代社会において「平等の達成」なんてものは、いまだに実現していない永遠の事業であることはわかっている。

 

けれど、建前や理想としても平等なんてのはなくて、「警察の偉い人」にはへーこらするのが普通。警察本部長は銀座の料亭が普通。なんて感覚は、なんだかなあと思うのであるけど。合法ヤクザなんていう言葉が生まれるのは必然なんではないか。

 

アメリカの警察官が「危険な犯人を射殺しても良い権限」を拡大行使して、気に入らない(有色人種など)を平気で射殺するなんて話もすごく怖いけれども。

 

ここで安易に「アメリカに比べたらマシ」なんて結論に至っては何も見えなくなるわけで。

 

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居酒屋で生ビールを注文しない方が良いこれだけの理由

流川という街を御存知だろうか。広島のいちばんの歓楽街である。中国地方一の歓楽街なんて言われ方もする。JR広島駅から路面電車で数駅のところにある。

 

そんな流川の歓楽街からほど近いエリアに、さる立ち飲み屋がある。営業時間は17時~19時のたった2時間だけ。そして置いている酒は生ビールだけ。アサヒとかサッポロとか、銘柄もいろいろ変わるらしいのだけど、どれがあるにせよ、日替わりなので客には選択権は無い。その日はアサヒ樽生だった。

 

提供しているのは生ビールだけであってツマミは無し。しかしメニューは8種類あるそうだ。ひとつの銘柄しかなくて、それも生ビールしか出して無いのに、なんでメニューが8種類もあるかという話だ。実はその店にはタイプの違う生ビールサーバーが2種類備え付けてあって、それぞれに4種類ずつ注ぎ方があるので、計8種類がメニューということである。

 

注ぎ方が違うとそれはもう別のビールとしてカウントする。生ビールとはそういうモノだったのか。「生ビールには美味い注ぎ方がある」なんて話はよく聞くし、かくいう僕だって飲食店の経験はあるから、自分でも生ビールサーバーは少なからず扱ってきた。しかし注ぎ方のバリエーションという概念は無かった。

 

店に備え付けてある生ビールサーバーのうちの1台は、僕にもお馴染みにごく普通のタイプ。レバーを手前にひくとビールが粛々と注がれるが、後ろに倒せば泡だけを注いでくれる。

 

もう一つの生ビールサーバー。これが凄い。戦前のタイプライターみたいな無骨な骨董品。それをピカピカに磨いて使っているそうだ。注ぎ方もまた凄くて、レバーをひねると、ポンプから出てくる井戸水かなんかのようにビールが一直線に流れ落ちる。こいつは新型のサーバーのような手加減なんてものを知らない。ものすごくシンプルな仕組みになっている。パイプだってずっと太いのだそうだ。

 

ビールを注文すると、充分に氷水で冷やした薄手のグラスに、旧式のサーバーからどっとビールを落としこむ。あまりに勢いが良いから、泡なんかといっしょにビールもドバドバと景気よくグラスからあふれだす。こんなに豪快なビールの注ぎ方は見たことが無かったが、かつては当たり前の光景だったそうだ。それをちょうどよいタイミングでビールを止めると、いい感じの生ビールが出来上がっているわけである。

 

僕はぜひともそのサーバーで注がれた生ビールを飲んでみたくて注文した。店のおじさんは蝶ネクタイなんかして実にビシッとしたスタイルで注いでくれる。8人ほども入ればいっぱいの狭い店内だけど古いビアホールのような対応だ。

 

きっちり手入れされた昭和のサーバーを使って、グラスに豪快に注いでくれた生ビール。風呂あがりの牛乳みたいに飲んでくださいと言って渡してくれた。生ビールを牛乳みたいとはおかしなことを言うなと思っていたが口をつけてみたら合点がいった。するすると喉に入ってきて一気に飲み干しそうになる。

 

僕は信条として一気飲みは好まないので7割りのところで必死に止めたのだけど、簡単に一気飲みしちゃいそうな軽さ。グラスのサイズとしては普通サイズの缶ビールくらいはあるそうである。

 

昭和のサーバーは勢い良く飛び出すので、泡が豪快にあふれだす。それを利用して炭酸を薄めて軽さを演出するのがこの生ビールの注ぎ方のキモらしい。なるほど、炭酸が重いという発想があったのか。ビールの炭酸というものは、抜けなければ抜けないほど良いと思っていたのだけど、そうじゃない考え方もあるのだ。たしかにするすると飲めてしまう。

 

今度は、同じサーバーを使って、5分以上かけて三度にわたって注ぐという悠長なやり方をしてもらう。そうして飲んでみたビール。同じ銘柄なのにたしかに味が違う。炭酸のキリリとした食感が消え失せてどこかやぼったいくらいの舌触り。イギリスかどっかのエールビールでも飲んでいる気分になる。

 

注ぎ方のバリエーションとは、サーバーを使い分けて、泡と炭酸の比率の配分を変えることだった。これはもう好みがあるので何が正解とはいえない世界だ。そしてその比率を変えてしまうと、同じ銘柄のビールでもガラッと印象が変わってしまうのだ。

 

もちろん、その店では、グラスとビールの温度管理は万全だし、新しくグラスに注ぐ前には、管に入っている前の注ぎ残しは惜しげも無く捨ててしまう。いちいちそんなことをやっている店なんかほとんどない。そりゃもう、どんな泡の比率にしろ美味しいに違いない。8種類の注ぎ方すべて試してみなくともわかる。

 

というか、そもそも試せないのだけど。なぜならその店では、1日ビールは2杯まで、と決めれているのである。だから客は2杯をあっという間にたいらげて、千円(2杯分)置いてそそくさと帰ることになる。にわかに燃え上がった生ビール心をどうしてくれるんだと恨みながら。

 

店のおじさんは「本来、これくらい神経を使うのが、生ビールなんですよ」などと言い切る。その意見にはモノスゴク説得力があった。瓶ビールでも缶ビールでもなく、わざわざ店に足を運んで生ビールを飲む理由は「そっちのほうが美味いから」であって欲しい。

 

しかし……ありがちなアサヒの樽生を、こんなに感動的に飲ませてくれるお店が、身近に何軒あるというのだろう。記憶としてあんまり思い出せない。生ビールを飲んで得をしたと思ったことすらあまりないのだ。自分で生ビール注ぎ放題とかいう店は別にして。

 

蝶ネクタイのキリッとしたおじさんに、その古いタイプの生ビールサーバーは、どれくらい使われているのかと尋ねてみた。

 

「いくつか残っていますよ。東京の有名な○○という店にもありますし。他に例えば、行きやすいところでいえば、広島駅にもある銀座ライオンさんなんかでは今だに使っているらしいですね」

 

そりゃ、古いタイプのほうがかならずしも美味いというわけでも無かろうけど、そんなサーバーを直し直しで使っている店は、少なくとも生ビールをぞんざいに扱ったりはしないだろう。

 

まあ、そんなわけで、僕はふらっと居酒屋なんかにいっても、メニューにそれしか無かった場合を除いては、基本的には瓶ビールなのである。

 

butao.hatenadiary.com

 

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居酒屋では大瓶ビールを頼んだ方がよい最強の理由

僕はビールが大好きである。そしてビールといえば瓶ビールだ。生ビールを上手く注いでくれる店は少ないので、お店ではほとんど必ず大瓶ビールを頼む。大瓶ビールが無ければ中瓶ビール。それも無ければ小瓶ビール。そして大瓶ビールの値段は400円以内に収まってくれるのが望ましい。

 

大瓶ビールが大好きなのは主に経済的な理由による。お金が死ぬほど使えるなら小瓶ビールをひたすら飲んでも構わない。

 

海外のビールなんて小瓶ビールをラッパ飲みするイメージだけど、日本のアサヒとかキリンの小瓶というと高級なお寿司屋をイメージしてしまう。つまり小瓶しか置いてないような店は無闇矢鱈とお高い店に違いないのだ。もしくはちょっと気取ったようなショットバー。もしくはなにがしかのスナック。そういう店に行くことはほとんど無い。

 

ところで、なぜだか関西と関東では、大瓶ビールの呼び方が違っていたりする。関西では大瓶(ダイビン)と呼ぶけど、関東の飲み屋でこれをいうと「オオビンね」と訂正されたりすることがよくあった。地方ごとの訛りの一種といえばそれまでだけど不思議なものである。関西から関東に行く人はちょっと注意してもらいたい。

 

そういえば関西では生ビールの大中小のこと「生中」とか注文するのがごく一般的だけど、関東ではなぜか「中生」と呼ぶところが多かった。大手全国チェーンは「生中」と呼ぶところが多いだろうか。詳しく調査はしていないけれど。

 

そうなってくるとチューハイ、サワー問題にも触れなくてはなるまい。つまり甲類焼酎を炭酸で割って、シロップを添加したり、レモンを絞ったりする焼酎ハイボールというカクテルの名前が縮まって、一般的には「チューハイ」となったわけだけど、関西ではそういう系統のものはなんでもかんでも「チューハイ」であるのに対して、関東においては少々事情が入り組んでいる。

 

関東では甲類焼酎を割ったものでもあっても店によって呼び名がサワーだったりチューハイだったりする。おおまかに分類すると、単に炭酸で割っただけ(あとはせいぜいレモンの切れ端を足したりたさなかったり)のものはチューハイと呼ばれている。様々なジュースやシロップを混ぜた炭酸で割られるものは「青りんごサワー」だったり「レモンサワー」だったりする。

 

他にも焼酎ハイボール用のシロップ(砂糖が主原料のはずなのにあまり甘くない)なんていうおかしなものも売られていて、それを混ぜて炭酸で割ったものはチューハイボールとか下町ハイボールと呼ばれたりもする。ビジュアルとしてはビールを薄くしたような色のチューハイである。これは関東の一部地域だけの非常にローカルな飲み物なので、関西ではほとんど知られていない。今は専用のシロップをネットで取り寄せ可能なので全国でも飲めることは飲める。

 このあたりの事情の細かいところは店によって違っていたりするので一概にいえないのがもどかしいのだけど。東京ではとにかく甲類焼酎をいろいろにして飲む。名称の複雑さや、そのバリエーションの多さに驚く。

 

わが関西ではどうかというと、ほとんどシロップ入りチューハイがメインで、それもサントリーウオッカベースのやつだったり。甲類焼酎の一升瓶を引っ張りだして、律儀に炭酸で割ってくれる店は少なくなった。

 

関西では少し前だと「サワー」という呼び方も通用しなかったが、今では大手チェーンでもサワーという名前を使っているところがけっこうあるようで、それなりに浸透している。

 

スーパーの缶チューハイでは、宝焼酎のものがいちばん良心的かと思う。でも昔からあるタカラ缶チューハイは高い。甲類焼酎は安く酔えるというイメージを覆すくらい高い。下手したらビールより高いのではないだろうか。ただならぬブランド力とこだわりを感じずにはいられない。宝焼酎の甲類焼酎をボトルで買って炭酸で割って飲むなら死ぬほど安いのに。

 

同じ宝焼酎の缶チューハイでも、こちらのシリーズだったらスーパーなんかでも100円くらいで売られているのだけど。お世話になっている人も多いのではないか。

宝 焼酎ハイボール 下町ドライ 350ml×24缶

宝 焼酎ハイボール 下町ドライ 350ml×24缶

 

 

チューハイ類を最初に製品として販売したのはアサヒのハイリキである。黄色いレモンタイプは関西でもわりと見かけるが、こちらの青いプレーンタイプのハイリキは関東でしか見たことがない。そこまでして飲みたいかといえばそんなものでもないんだけど。

 本当はビールのことをいっぱい語りたかったのに、なんだかチューハイの話ばかりになってしまった。東京の甲類焼酎文化が込み入っているのが悪い。

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カルビーブランドが全く通用しない場所

コンビニはカルビーのお菓子まみれだった話を書いた。セブン-イレブンだったらプレイベートブランドの棚に異常に力を入れているとか色々あるにせよ、コンビニのスナックコーナーではカルビーがやたら強いのは変らないだろう。

 

そんな気持ちで先日ふとスーパーの成城石井に入った。成城石井といえばちょっぴり高級なスーパーとして全国展開している。昔ほど高級感スーパー戦略はしてないとはいえ、都内の高級住宅地「成城」の名を看板につけてやっているのである。やはり普通のスーパーよりはるかに高級だ。そしてやたら輸入食材が多いことも特徴である。

輸入食材が多いといえば業務スーパーなのだけど、業務スーパーが安いモノを売るために輸入食材を仕入れているのにたいして、成城石井などは「価値をぶっこくための舶来品」と全く正反対だったりするのが面白い。

 

成城石井のスナックコーナーを何の気なしにチェックしていて、恐るべき事実に気がついた。スナックコーナーに、カルビー製品がひとつも無いのだ。全く無いのだ。

 

ポテトチップス棚に置いてあるのは、日本で最初にポテトチップスを販売したというフラ印のポテトチップス(懐かしい味がする)。そしてプリングルスおじさんのプリングルス。レイズのポテトチップスも置いて無いが、あれほど国内コンビニやスーパーでは猛威を振るっているカルビー製は置いていない。そして湖池屋のポテトチップスも無い。でもナビスコチップスターは置いている。あとは国内ではあまり見かけないトルティーヤチップスとか。その他いろいろ。

 これはどういうことだ?

 

前述のとおり、成城石井はちょっときどったスーパーである。高級ぽいものや輸入食品を中心に棚に並べている。他には日本全国のちょっとした御当地ブランドとか、そういうのを様々に並べてあったりするわけだけど、スーパーはスーパーなので、定番の売れ筋商品だって扱っている。当然のことだ。スーパーに買物にいったのに「基本的なものは他所のスーパーでどうぞ」じゃ話にならないのだ。

 

だから輸入ビールがいっぱい並べてあるにしろ、アサヒスーパードライやサッポロ黒ラベルはちゃんと買えるのだし、様々な変わったジュースのなかに日本コカ・コーラーが出しているコカ・コーラーもしっかりと置いてある。S&B社のカレーだって売っているのだ。

 

なのに国内ではド定番で圧倒的なブランドのはずのカルビー製品が、成城石井では全く扱われていないのは意外だった。

 

成城石井のHPには以下のような挨拶が書いてあった。

 

日本全国はもちろん、世界各地からお客様に「おいしい」をお届けするため、私たちは商品の調達から物流・店舗開発に至るまで、成城石井独自の「仕組み」をつくり、本当においしくて良いものを、手に取りやすい価格でご提供するための努力を続けています。

 

つまり成城石井の基準からすると、カルビーのポテトチップスは、フラ印のポテチ、プリングルスナビスコチップスター以下の代物であり、このようなお店に来るお客様にはふさわしくないということか。「本当においしくて良いもの」ではないということだ。

 

アサヒスーパードライが無くて苦情を言われることはあっても、カルビーポテトチップスが無くて文句をいう人はいないということでもある。

 

コンビニの情勢とは全く逆である。コンビニ客にはカルビーが相応しいのだ。

 

実際のところなぜ成城石井カルビー製品が無いのかは知らない。僕が入った店舗がたまたま置いてないのだろうか。普段はそれほど成城石井を調査していないのではっきりとしたことが言えないが、カルビーという圧倒的ブランドが全く通用しない場所もあるということだ。

 

まあ、僕の大好きなレイズのポテトチップスも置いてないのだけど。

 

あと、プリングルスは、日本版と、アメリカ版の両方がラインナップされている。そして並べられると、プリングルスの日本版は、アメリカ版よりはっきりと短いのがわかって悲しくなる。アメリカのは169g入りなのに日本のは134g入りなのだ。それでいて味も薄いような気がする。プリングルスはアメリカ版を買える店ではアメリカ版のを買うべきだろう。

 

ランチ味がオススメである。 

 

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