まあまあ、深刻じゃない認知バイアスなんてものはあんまりないんだが…。デイヴィッド・ダニングという人と、ジャスティン・クルーガーという人の研究成果としてダニング=クルーガー効果という認知バイアスの提唱が今回のテーマ。アメリカの研究だ。
どういうバイアスかを簡単に説明すると、たとえば車の運転の下手な人は、車の運転についての知識や経験が足りないゆえに、自分の実力を過大に評価しがちという話。車の運転をする人に「自分の車の運転は平均より上ですか?」と質問するとしよう。「過半数の人が『平均よりも上』と答える」というあり得ないことがしばしば起きたりする。
反対に、トップクラスに運転技術のある人に対して「あなたの運転のレベルは?」と尋ねた場合は、高度な世界を知ってるが故にいくぶん謙虚な自己評価が返ってきがちだ。
つまり、バカはバカがゆえに自分をかしこだと思い込むし、かしこはかしこゆえに自分をまだまだだと考えがちという残念な話だ。これによってお互いの認知のすれ違いは甚大なものとなっていく。いつだってバイアスというものは恐ろしい。
バイアスによる落とし穴を完璧に避けるのは人間には不可能だ。なにしろバイアスと呼ばれるものは、人間の感覚器や思考や認識能力の欠陥そのものだからだ。感覚を一旦捨てて数値の測定などの外部の基準に頼ることで真実は見えてくる。
ダニング=クルーガー効果にしても、実力のランキングが完璧に統計されている場面では働きにくい。たとえばオンラインゲームなんかでは、全プレイヤーに対して自分のスコアーがどのレベルにあるのかが常に集計されている。この状態で自惚れるのはなかなか難しい。自分よりも上手いやつが世界に何万人もいるかと思うとうんざりする。またはTwitterみたいなSNSでもいい。自分のフォロワー数を見れば、冷徹なくらいに自分の人気の度合いがわかってしまう。YouTubeなんてまさに再生数が収入に直結してるので分かりやすい。じぶんの再生数が3桁しかなかったとして、何億再生という人気YouTuberに向かっていこうという気概が生まれるだろうか?
それでもなお、自分に対する絶対的な自惚れのもてる人類しか勝っていけない時代なのかもしれない。ダニング=クルーガー効果というバイアスの利点は、「自分はたいした奴かもしれない」と勘違いする素人に、途方もないやる気を出させるという効果があるそうだ。賢い奴だったら絶対にしないような、たわけた冒険をしてしまう根拠のない自信。そのやる気の源が、単に無知がゆえとしたら面白い。散歩のついでにうっかりエベレスト登山するみたいなものか。もちろん登れずに遭難してしまう人類の方が圧倒的に多いのだろうけど。
今の情報化社会ではエベレストはエベレストであるというのはまたたくまに知られていくが、それでも怯まないような蛮勇の持ち主をふるいにかけてるとも言える。最初はうぬぼれから挑戦していたけど、ふとぶつかった高い山にビビってやめてしまうというような話はよく聞く。ランキングが完璧に整備された情報化された世界のエベレストに登ろうって人間は、よほどフリ切れた性格をしてるか、山頂まで行くことに必ずしもこだわってないのかのどちらかだ。前者にも面白い人間がいるだろうけど、後者もなかなかに思える。
逆に自分の立ち位置が明確に判別できない分野もいまだに数多い。こういう場面こそ、ダニング=クルーガー効果を発揮しまくる局面といえるかも。たとえば人間関係とか。自分はめちゃくちゃに他人に好れやすいと勘違いしまくってる人間を止める術はない。こういう奴は周りにお構いなくグイグイ行くし結果がどうだろうとへこたれないかもしれない。ほかにも、絵を描くだとか、文章を書くだとかいうことについては、上手さの順列をつけるのが極めて難しい。(人気や売り上げなら競えるが…)
つまり才能があるかないかは、実際のことより思い込みの力の強さがモノをいうし、思い込みが強ければ、それにかける時間や熱意も自然に多くなっていく傾向にある。自分を客観視することはリスク管理の上では大事だが、それが頑張りという面ではブレーキになってしまうこともままあるみたいだ。あなたは自惚れが強い方だろうか。なにかの分野で成功するには、根拠のない自信(自分の中では根拠があると思い込んでるものも含む)をもってる必要があるというが…。たしかにやる気なんてそんなもんだ
。そういうことを才能と呼ぶのかもしれない。