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温玉ブログ

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「口は悪いけど良い人」という都市伝説

考え方

「あの人は、口は悪いが良い人だよ」っていうセリフがある。よく聞く言葉だ。だからなんとなくそんな人がいるような気がする。だから僕は自分でも知らないうちに「口は悪いけど良い奴」というパーソナリティをステレオタイプ化してしまっていたフシがある。

 

だから口の悪い人に出会ってしまっても、悪い人かどうかはまだわからない、なんてついつい考えてしまう。

 

口の悪さと、性格の悪さは関係が無いよ……。

 

本当にそうだろうか。

 

僕は40年ほど生きてきたので、それなりの数の人間と付き合ってきているはずだ。同じくらい生きてきて、ものすごくたくさんの人を知っている人ほどは知らないかもしれないけど、あんまり人付き合いとかしない人よりは人間を知っていると思う。それくらいのデータベースがある。その記憶を頼りに「口は悪いけど良い人」というのに適合する具体的な人物像を脳内検索してみた。

 

あれ……いない。いないぞ!?

 

いま親しい付き合いのある人の中にはもちろん居ないけど、過去に友達だったりした人の中にもいない。

 

もちろん「口の悪い人」はたくさん知っている。そして、いま、目の前に、口の悪い人がいたら「うわあ、性格悪そう…こいつはきっと悪いやつに違いない!」と思う。

 

そしてそんな人をずっとずっと観察していて出す結論はいつだって「やっぱりコイツは悪いやつだった」である。

 

なんで悪いやつなのかというと、悪意のある言葉ばかり吐き出して他人を不愉快にするからだ。そんな奴の性格が良いわけ無いじゃないか。もう悪いことをしているのだ。

 

舌禍(ぜっか)という単語がある。口から発する悪意は災いそのものだという考え方を言葉にしたものだ。言霊という考え方もある。とにかく、そんな悪いものを形にして平気で世の中に送り出している人が良い人のわけがない。

 

でも、そんな口の悪い人の中にも、こちらに対して親切な人もいたりする。フレンドリーな人もいたりする。そうでなくても最低限の友好的態度を示してきたり。

 

そうすると僕もフレンドリーで応えないとイカンだろうということで、ちょっとした付き合いが生まれたりすることもある。

 

それでしばらく某方のやりとりが続いたりする。でもそれも長くは続かない。そんな人との付き合いで「口は悪いけど、よくよく知ってみると、けっこう良い人やん」なんて考えなおした事は一度も無かった。一度もだ。

 

だから今では口の悪い人との付き合いをしようとは全く思わない。そういう人をみたら、はなから避けて通ることにしている。

 

でも世の中はいろいろで、そんな口の悪い人は友達などひとりも居ないのかというと、確かにみんなに避けられて孤独になっている人もいるが、口が悪くても友達の多い人だっている。そんな口の悪い社交的な人よりも、僕のほうがずっと友達が少なかったりする。

 

しかしなんでそんな口の悪い人と友達をやっている人がたくさんいるのかというと、きっと彼(彼女)の口が悪いのが気にならない人たちが集まっているからだろう。

 

良い、とか、悪い、とかいうのはきわめて主観的なものだ。

 

「悪口」「口の悪さ」というのは、僕がそう思うだけで、他の人にとっては、そんなに気分が悪くなったりしないのだ。だから一緒になって悪口を言ったりして盛り上がれる。そうすると僕なんかはますます近寄りがたいコミュニティが形成されていく。

 

とすると「性格の悪さ」と言ったって、人それぞれ思うところがあって、「あいつは悪いやつだ!」って言ったところで「どこが悪いの?」と返されてしまうかもしれない。こういう認識のズレをどう埋めたら良いのか。埋めるべきなのかどうかすらわからないけど。

 

「良い」「悪い」の認識のズレによる悲劇としては、友達のタコの卵がこんな興味深い実例を記事として書いていたりするのでちょっと読んで欲しい。


僕が嫌いな人は、みんなは嫌いじゃない - タコの卵

 

痛いくらい気持ちがわかる。僕も同じようなことは何度もあった。いままでも、そしてこれからもあるだろう。

 

そういえば、人と話していて、こんなやりとりがあった。

 

僕が「○○という特徴のある人はメンヘラかもしれないから気をつけた方が良いよ。」と言ったところ、友人に「僕はメンヘラは気にしないから。大丈夫だから。」と返されて途方にくれたのだ。

 

この友人にメンヘラと付き合う怖さとか、気苦労とか、どこからどう説明したら良いのか。

 

メンヘラと付き合ってひどい目にあった実例をいくつ挙げたとて「俺はそういうの大丈夫だから!」と言われて終わりなのだ。

 

メンヘラは良くない。メンヘラは怖い。そんな共通の認識を持っている人でないと、メンヘラ=気をつける対象、という前提の話は成り立たない。

 

だから、その人が、僕らと同じように、実際にメンヘラに苦労して、うんざりして、ボロボロにひどい目にでもあわない限り、「メンヘラには注意せよ」という言ったって握手するには至らない。言葉とはなんと不便なものだろう。

 

でも、実際にメンヘラと接してみるしか無いと行っても、最悪のケースとして、その人まで「そっち側」に行ってしまったりすることもある。こうなれば完全にオシマイだ。元々そんな人だったのねと思うか、縁がなかったと諦めるしかない。伝えようとしたんだけどな。いや、それも大きなお世話でしかなかったのか。

 

それと同じで、「悪口をいうやつは性格も悪い奴なんだ」ってのも、伝えようとして伝えれるものでもないらしい。そもそも悪口というものの基準さえ曖昧なのだから。

 

結局、客観的な情報として残るのは、「こちらに友好的な人」だとか「親切な事をしてくる人」とか、そういうことだけ。

 

ところで、親切な人ってのは、性格が良いのか?そんなことは無いだろう。

 

「性格も良くて親切な人」というのがいるように、「性格は最悪だけど親切な人」という人もいる。「他人のものは盗むけど親切な人」「人の足をひっぱるのは大好きだけど親切な人」「連続殺人鬼だけど親切な人」というのだっているだろう。30人以上の若い女性を殺害したアメリカの殺人鬼テッド・バンディだって、弱者救済やボランティアに精を出す親切な人と言われていたのだ。どんな悪人でも親切な人にはなれるのだ。けれど「性格は悪いけど良い人」という人だけはどこにもいない。

 

自分にとって悪いと考える人がいくら親切にしてくれても仲良くできない。悪い人と付き合っても、絶対に後で気分の悪いことになるのは経験で知っている。そして口の悪い人は悪い人なのだ。メンヘラも悪い人なんである。

 

けれど、世の中には、ボコボコに殴られたって「でもそんなのも好き!」と考える人もいる。僕はそんな痛い思いや苦しい思いというのは大嫌いだから「なんてえ悪い奴や!」と近寄らないのだけど……。

 

人それぞれである。

 

あ、「口は丁寧だけど悪い奴」ってのも勿論いる。あしからず。

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