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高校野球はドロドロしたものが見えてしまって全く楽しくない

今週のお題高校野球」があったので、丁度言いたいことがあったので書こうと思ってたら、もうお題は過ぎ去っていた。でも書きかけていたので書いてしまうと思う。

 

僕は高校野球は嫌いだ。好きになれない。高校野球の試合を楽しみに見ている人とか、母校の試合結果を気にしている人とかに文句をつけるつもりはない。僕自身はプロ野球を観戦すること自体は嫌いじゃないけれど、高校生の野球大会にまでは興味が持てないということだ。

 

でもそれを言い出したら、ほとんどの人は野球観戦自体に本来そこまで興味がないんじゃないかと思うのだ。OPS長打率出塁率を足した指標であるということすら知らない人が多いんじゃないか。日本プロ野球の4000打席以上の選手の通算記録で、OPSが1を超えているのは王貞治だけということも即答できないんじゃないか。ちなみに日本時代だけのイチローの通算は0.943だ。ちょっとでも野球が好きなら即答して欲しい。僕もするようにする。

 

そんな感じで、みんな野球に対しての向き合い方はほどほどなのに、高校野球だけはやたら興味があるのがついていけない。みんなそれほど野球に強い母校をお持ちなのだろうか。それか自分の家族が通ってる学校とか。それこそ出場者の身内とか。あと知り合いの息子さんとかが出場してるとか。でも高校野球を気にしている人の多くがそういう人のような気はしない。

 

個人的な話をすると、僕の通っていた高校は、高校野球に出場してなかったし、卒業後に高校野球に出場するようになったとかい噂は聞いたが、それからしばらくして高校自体すらも閉校になったそうだ。だから母校を応援しようというような発想自体が生まれなかったことになる。そして家族の中に高校球児とか高校野球の監督とかもいないし、そもそも親戚づきあいもしていないから親類にそういった関係者がいるということもない。友達・知り合いの関係者にも今のところ高校野球に関わっている人がいるという話もないし、もしいたとしてもしょせん友達・知り合いのさらに関係者とかいう間柄なので「ふーん」で終わってしまうと思う。

 

なのに世間の盛り上がりようは一体どういうことだ!?とずっと思い続けてきて数十年が経つ。日本最高峰の試合が観れるとかならまだ理解出来るのだけど、しょせん高校生限定の試合じゃないかと思う。なんで16~18歳限定(例外はあれど)の、高校単位で区分けされた野球チームを応援したり応援しなかったりしなきゃならないのか。

 

先にも書いたとおり、野球にすごく興味があるという人なら、最大規模のアマチュア大会という意味で高校野球は外せないのだろう。プロ入り前の選手をチェック出来るというのもあると思う。野球ヲタであるなら注目度が高いということは僕にだって理解は出来る。その世代限定ではあるが、全国でいちばん野球の上手い奴らが集まっている可能性のある大会だ。ちょっとくらい気にかけてもバチは当たるまいと頭ではわかっていても身体が拒否してしまう。なんでかというと、いろいろな意味で「不純物」が多すぎるように思うのだ。特にこんな記事を見てしまうと、純粋に「野球」というものを楽しめない。

headlines.yahoo.co.jp

 

見た目も小汚いおっさんが恫喝するようにして子供を仕切ってドヤ顔。子供は強制坊主頭。非科学的なシゴキ。陰湿なイジメ。バックネット裏占拠。才能のある選手のスカウト。

 

僕が高校野球に感じているイメージはいずれもダーティーでネガティブなものだ。もちろんあくまで昔からの漠然としたイメージなんで、今の高校野球が正確にはどうなのかは知らない。髪型の強制なんかしてる高校とかは少なくなっているのかもしれない。イジメやシゴキなんていうものとは無縁でナイスガイな監督の元にハツラツと野球をやっている部も中にはあるとは思う。しかしだ。上のような記事を読むと「やっぱり…」とか思ってしまう。こういうのがもてはやされる世界なんやと。

 

あくまでもイメージだが、高校野球はやたらバントを多用し、一塁にヘッスラ敢行している高校が多いのではないか。こちらは詳しくないので「そんな高校は減っているよ!」とデータと共に反論されたらいつでも撤回する用意はある。しかしだ。たまにテレビでやっている試合をチラチラ見てると、そんな時にかぎってバントしまくり。ヘッスラしまくりだったりして萎える。なにもバントや一塁ヘッスラがあかんと言っているのではなくて、戦術のひとつではあるとは思うのだが、あくまでも戦術のひとつであって最適解ではないはずだ。なのにやたらこれが好まれる風土に虫唾が走るのだ。

 

いわゆるアリバイバントやアリバイヘッスラなんじゃないかという疑惑だ。スポーツの試合に確実なものなんか何一つないけれど、バントは練習しまくればかなり成功率は高められるし、1点を取るより走者をすすめるほうがはるかに簡単だ。だから「仕事した」「責任を果たした」感がすごくある。最悪バントに失敗しても「不運だったね」「作戦に従ったのだから仕方ないね」とか言って貰える。

 

ヘッスラなんか言わずもがな。駆け抜けた方が早いか、ヘッスラの方が早いかは、個々人の資質や状況にもよるというただそれだけの話なのに、とりあえずヘッスラしとけば「ひたむき感」はすごい演出できる。「思いが強いとヘッスラするんだよ」「ヘッスラは早いんだよ」「やったことないやつが偉そうに言うな!」とかいうけれど、そら様々な検証によってはヘッスラが功を奏する場合もあるとは知っているけれど、プロ選手でも批判している人がいるやんかと。そもそも「思いが…」とかいう認識が共有されてしまっている。つまり、ことごとく視線が内向きなのだ。周りにどう思われるかをすごく気にしている雰囲気が伝わってくる。

 

きわめつけが負けた後の子供のコメントだ。「期待に応えられなくて申し訳ございません」「すいませんでした」だったりするあれだ。なんで自分たちが負けたのに、誰かに謝らなければならないのだろうか。たとえば、自分のミスのために、チームが負けてしまった。そしてチームメートに「ごめん」というなら、それはまだ理解できる。しかし外野で応援してくれた人に謝る道理がわからない。

 

たとえ練習や何かを支えてくれたとか、差し入れしてくれたとか、活動費を援助してくれたとか、いろいろあるとは思うけれど、だからといってそういう人らは、勝利に対する投資と思って支援をしていたのだろうか。普通は「子供に好きな野球をやってほしい」という気持ちからそういう行為が生まれるのではないだろうか。

 

でも現実は「勝って欲しい」という気持ちが重いプレッシャーとなって子供にのしかかっているからこそ「くやしいです」より先に「すんませんでしたぁ」なんて言葉がナチュラルに出るのだと思われる。そんな馬鹿なと思うけれどやっぱり何かしらの勝利への投資がかけられているのは間違いない。

 

そもそも高校野球で名を挙げたい高校が、選手のスカウトや監督の招聘などといった行為にお金を使うわけだからやはり投資なのだ。そういうプレッシャーが子供たちに謝罪の言葉を強要するのだと思う。おまえらにナンボかかったと思ってんねんみたいな。野球の試合を見ていたはずなのに、いつのまにか日本社会の縮図を見てるような暗い気持ちになってくる。そうするともうスポーツを純粋に楽しむ事ができなくなってしまうのだ。

 

いろんな思惑があるにせよ、良い歳をした大人が子供をダシにして楽しもうという趣旨が気に食わない。まわりで「母校の誇り」「おらが村(町でも市でも県でも)の代表」「意地を見せてくれ!」とかいうて囃し立てる。何度もいうけれど、子供が野球出来るように支援したり頑張っている選手を応援してやることは何も悪くない。でも「勝ってくれ!」みたいなプレッシャーかけるのは何なんだろうと思う。

 

プロ選手やプロ球団なら良い。だって勝つのが仕事だし。お客さんを気持ちよくさせてなんぼみたいなところもあるから仕方がない。もちろんプロ選手はお客さんの顔色をうかがえといっているわけではなくて、そういったリスクも込みの商売だよということだ。しかし高校生の野球にそんなプレッシャーはゼロで良いんじゃないかと思うのだ。

 

他にもエースピッチャーの連投とか、大会日程とか、いろいろ言い尽くされていることがあるけど、どれもこれも勝利至上主義に起因する問題点としか思えない。

 

もちろんスポーツでもゲームでも勝負事で勝利することは大切だ。皆が勝利に向かって努力するからこそ、スポーツやらゲームの純度が保たれているという面はある。しかしだ。それは個々が自主的に取り組むことであって、他人にプレッシャーかけられてやることではないのではなかろうか。

 

なんとなくブラック企業問題との共通点が見えてきた。たとえばブラック労働問題でよく言われるのは、「お金のために頑張るのは間違い」「採算度外視で取り組む姿勢こそ美しい」みたいな主張に対する批判だ。野球に当てはめると、勝利に突き進むために弱音を吐かず野球漬けの毎日を送るという、いわゆるスポ根のことである。この取り組み自体は実は間違っていない。

 

あんまりムキになって全力を出さず、エンジョイ的な努力だけで結果を残す。そんな恵まれた事例も無いとはいえないが、やっぱり凡人といわれる人が、何か突き抜けた結果を残すためには、破天荒なまでの取り組みが求められる瞬間がある。しかしだ。それはあくまで自己満足として行う行為であって、決して他人に強制されてやるもんじゃないのだ。ましてや、その頑張りの上前をはねることで利益をせしめようとしている企業家なんかに、偉そうに言われる筋合いは微塵も無いのである。

 

高校野球も腹立たしいのは、一部の監督なんかは選手が結果を残す事によって利益を得ているのが明白なこと。学校にしてもそうだ。そういう人らが「ひたむきにやれ!」とか言っても全く面白くもない。髪型を強制するのも外見的に頑張らせいているのがわかりやすいからだろう。あるいは、心の底から親切心で、「ひたむきにやること」の素晴らしさを体験してもらおうと指導をしている人もいるかもしれないが、そういうパターナリズム(父権主義)もかえって恐ろしい。体罰なんかも親心から発生したりする。

 

長々と書いたが、かくいうわけで、日本の高校野球道という世界観がすごく嫌いなのだ。その悪影響は、プロ野球の世界でも垣間見えたりもするので根が深い。出来たらば、もっとゲームに集中出来るような世界になって欲しいのだけど、日本のスポーツ界は、どうかするとすぐに人格形成みたいな方向性に傾きがちだ。たぶんスポーツやゲームに興じる事に対する後ろめたさみたいなものがあるのだろうと思う。余計な話だ。

 

なんども書くけれど、単純に高校野球を観戦して楽しんでいる人は良いと思う。でも度外れて高校野球の勝ち負けにこだわっている人はどうかと思う。高校球児がどういう取り組みでやっているかは関係ない。アマチュアに対して外野はプレッシャーかけるなと。

 

昔は一部の大学野球を除けば、大半の球児にとって高校野球が野球人生の最後だった。だから燃え尽きても良かった面もあったかもしれないが、今はプロ野球もあれば独立リーグもある。たかが高校の野球で消費され尽くされるのはあまりにももったいない。時代も変わったのだから、高校の大会だけを必要以上に熱狂したり神聖化するのはそろそろ止めにしないかと思う。立場の弱い子供が関わっている活動だけにみてらんない。

 

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